労災保険の特別加入 一人親方と中小事業主の実務
人事ノート建設業では、社長や役員が現場に出ることも、労働者を使わない一人親方に作業を請け負わせることも珍しくありません。いずれも労災保険の原則では「労働者」に当たらず、被災しても給付を受けられません。この穴を埋めるのが特別加入です。人事・労務の担当者としては、自社の役員をどう扱うか、下請の一人親方の加入状況をどう確認するか、この二つを押さえる必要があります。
特別加入は労働者以外を任意で対象にする特例
労災保険は、労働者を使用する事業に適用され、労働者の業務災害と通勤災害を補償する制度です。事業主本人、役員、専従の家族従事者、請負で働く一人親方は、原則として労働者に当たりません。したがって、同じ現場で同じ作業をして被災しても、そのままでは療養や休業の給付は受けられません。
そこで労働者災害補償保険法は、一定の範囲の者について、申請と承認を条件に、労働者とみなして保険関係を適用する特例を設けています。これが特別加入です。特別加入できる者の範囲は同法第33条に、中小事業主等については第34条、一人親方等と特定作業従事者については第35条、海外派遣者については第36条に定めがあります。条番号や細かい要件は改正される場合があるため、手続きの前に条文と公表資料で確認してください。
押さえておきたいのは次の3点です。
- 特別加入は任意です。加入しなければ、社長も一人親方も労災保険の給付は受けられません。
- 加入には窓口となる団体が必要です。個人が直接、労働局に申し込む形ではありません。
- 承認を前提に効力が生じます。申請書を出した当日から補償が始まるわけではありません。
建設業で関係する区分を整理する
特別加入は大きく4つに分かれます。建設会社の人事が扱うのは、主に中小事業主等と一人親方等です。
| 区分 | 関係する条文 | 建設業での典型例 | 加入の窓口 | 保険料の区分 |
|---|---|---|---|---|
| 中小事業主等 | 第33条第1号・第2号、第34条 | 代表者、役員、専従の家族従事者 | 労働保険事務組合 | 第1種特別加入保険料 |
| 一人親方等 | 第33条第3号・第4号、第35条 | 労働者を使用しない大工、とび、内装、設備工事などの請負者 | 一人親方等の特別加入団体 | 第2種特別加入保険料 |
| 特定作業従事者 | 第33条第5号 | 一定の作業に従事する者(対象作業は省令で限定) | 特別加入団体 | 第2種特別加入保険料 |
| 海外派遣者 | 第33条第6号・第7号、第36条 | 海外の現場や現地法人へ派遣する社員・事業主 | 派遣元の事業 | 第3種特別加入保険料 |
特定作業従事者の対象作業は、近年、段階的に広げられています。自社や取引先の職種が対象になるかは、最新の公表資料で確認してください。
中小事業主に当たるかどうかの規模要件
中小事業主等として特別加入するには、事業の規模が一定以下であることと、労働者を使用していることが前提になります。規模は業種ごとに、常時使用する労働者の数で判定します。
| 業種 | 常時使用する労働者の数 |
|---|---|
| 金融業・保険業・不動産業・小売業 | 50人以下 |
| 卸売業・サービス業 | 100人以下 |
| 上記以外(建設業はここに入ります) | 300人以下 |
建設業は300人以下が目安です。なお、一人親方等に当たるのは「労働者を使用しないで事業を行うことを常態とする者」です。年間を通じて一定日数以上労働者を使用する場合は、一人親方ではなく中小事業主等として扱われる運用があります。判定の日数基準は公表資料で確認してください。
中小事業主等として加入するときの手順
中小事業主等の特別加入は、労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託していることが要件です。事務委託をしていない会社は、まず委託先を決めるところから始めます。
- 自社が規模要件を満たすかを確認します。判定は常時使用する労働者の数で行います(誰が:人事・総務)。
- 加入させる範囲を決めます。事業主本人のほか、役員や専従の家族従事者も対象になります。中小事業主等の特別加入は、事業主と、その事業に従事する者を包括して申請する扱いが原則とされています。一部の者だけを外せるかは、事務組合と労働局に確認してください。
- 役員の労働者性を切り分けます。役員であっても、代表権や業務執行権を持たず、実態として賃金を受けて労働に従事している者は、労働者として保険料算定の賃金総額に含めるのが原則です。特別加入と二重に扱わないよう整理します。
- 給付基礎日額を決めます。特別加入者の給付基礎日額は、申請に基づいて都道府県労働局長が決定します。選択できる額の幅は公表資料で確認してください。この額に応じて保険料と給付額が決まります。
- 労働保険事務組合を通じて特別加入申請書を提出します(誰が:事務組合経由で会社が作成)。申請書には、加入者が行う業務の内容を記載します。
- 承認後、効力が生じます。着工や役員の現場入りの予定から逆算し、余裕をもって手続きします。
保険料は、当該事業の労災保険率をもとにした第1種特別加入保険料として、労働保険料と併せて申告・納付します。労働保険の年度更新は毎年6月1日から7月10日までの期間に行いますので、給付基礎日額の見直しはこの時期に合わせて検討するのが実務的です。
一人親方等として加入するときの手順
一人親方の特別加入は、加入者本人が特別加入団体に入り、団体を通じて手続きします。団体が事業主、加入者が労働者とみなされる形で保険関係が成立します。会社が代わりに加入させることはできません。
- 本人が、建設業の一人親方等の特別加入団体に加入を申し込みます。
- 団体が特別加入申請書を労働局に提出します。業務の内容を記載する点は中小事業主等と同じです。
- 承認後、団体から加入証明が発行されます。元請へ提出するのはこの証明の写しです。
- 保険料は第2種特別加入保険料として、団体を通じて納付します。団体の会費と保険料は別のものです。
人事担当者が関わるのは、主に受入れ側としての確認です。自社が元請または上位下請になる場合、次の順序で確認します。
- 契約前に、請負契約か雇用契約かを整理します。実態が労働者であれば、特別加入ではなく、自社の労災保険の適用対象になります。
- 作業員名簿や再下請負通知書に、労災保険の特別加入の有無と加入団体名を記載してもらいます。
- 加入証明の写しを受領し、有効期間を確認します。年度をまたぐ現場では、更新後の証明を再提出してもらいます。
- 未加入の一人親方については、就労させるかどうかの社内基準をあらかじめ決めておきます。
補償の中身は労働者と同じではない
特別加入者は労働者とみなされますが、すべてが同じ扱いになるわけではありません。違いを理解しないまま加入させると、被災後に「思っていた補償が出ない」という事態になります。
| 項目 | 労働者 | 特別加入者 |
|---|---|---|
| 補償の対象範囲 | 業務に起因する負傷・疾病等 | 申請書に記載した業務・作業の範囲で判断される |
| 給付基礎日額 | 実際に支払われた賃金から算定 | 申請に基づき労働局長が決定した額 |
| 休業に関する給付 | 労働できず賃金を受けない日が対象 | 全部労働不能であることが要件とされる |
| 通勤災害 | 対象 | 対象。ただし住居と就業場所が明確に分けられない場合など、対象外となる類型がある |
| 二次健康診断等給付 | 対象 | 対象外とされている |
| 保険料の負担 | 事業主が負担 | 加入者側が負担する |
特に重要なのは、補償の範囲が申請内容に左右される点です。現場作業のみを申請していた場合、資材の買い出しや事務所での作業、自宅での作業が対象外と判断される余地があります。業務の内容を記載する段階で、実際に行う作業を漏れなく記載してください。個別の事案で給付されるかどうかは、最終的に労働基準監督署の判断です。迷う事案は、申請前に監督署や社会保険労務士に相談してください。
よくあるつまずき
| つまずき | 何が起きるか | 先回りの対応 |
|---|---|---|
| 承認前に現場に入る | 被災日が効力発生前で、給付の対象にならない | 現場入りの日から逆算し、手続きの所要日数を事務組合や団体に確認する |
| 給付基礎日額を最低額で設定する | 休業時の給付が実収入と大きく離れ、生活を支えられない | 実際の所得水準に近い額を選び、年度更新時に見直す |
| 労働者性のある役員を特別加入で処理する | 賃金総額の申告漏れや、給付の可否をめぐる争いにつながる | 役員の職務内容と報酬の性質を書面で整理する |
| 一人親方の加入証明を口頭確認で済ませる | 未加入のまま就労し、災害時に補償の受け皿がない | 写しの提出を安全書類の必須項目にする |
| 団体を退会したあと放置する | 未加入期間が生じ、本人も会社も気づかない | 年度更新の時期に、常用的に出入りする一人親方の加入状況を一斉確認する |
| 会費の入金を保険料の納付と思い込む | 保険料未納で特別加入の効力に影響が出る | 団体からの納付内訳を確認し、社内では証明の有効期間で管理する |
社内での年間の進め方
特別加入は一度手続きすれば終わりではありません。年度のなかに確認の機会を組み込みます。
- 4月から5月:役員構成と家族従事者の異動を確認し、加入対象者に変更がないかを点検します(担当:人事・総務)。
- 6月1日から7月10日:労働保険の年度更新に合わせ、給付基礎日額の見直しと、中小事業主等の加入内容の変更を検討します。
- 期中:新規に常用的な取引を始める一人親方について、契約時に加入証明の写しを受領します(担当:工事部門と人事の共同)。
- 随時:役員の就任・退任、家族従事者の就労開始と終了があったときは、その都度、事務組合に連絡します。
- 年1回:上積み補償(法定外補償)の内容と、特別加入の給付水準を突き合わせ、補償の空白がないかを確認します。
特別加入は、労災保険の給付を受けるための入口にすぎません。給付水準は給付基礎日額に連動するため、会社として上積み補償や民間の保険をどこまで用意するかは、別途、経営判断として整理しておくことをおすすめします。
よくある質問
Q. 社長が現場に出る日だけ、期間を区切って特別加入できますか。
できません。特別加入は、承認を受けて保険関係が続く形で成立し、保険料も年度単位で計算します。作業のある日だけ加入するという使い方は想定されていません。現場に出る可能性があるなら、通年で加入しておく前提で検討してください。
Q. 特別加入していない一人親方を現場に入れてはいけないのですか。
労災保険法が一律に就労を禁じているわけではありません。ただし、被災しても労災保険の給付が受けられず、元請が損害賠償を求められる場面も考えられます。加入を求めるかどうかは元請としての管理方針の問題ですので、社内基準として文書化し、契約時の確認項目に入れてください。
Q. 一人親方の特別加入の保険料を、元請が負担してもよいですか。
費用を負担すること自体が直ちに違法とされるわけではありませんが、費用負担の実態は、指揮命令や専属性と併せて労働者性を判断する材料の一つになり得ます。請負契約としての整理と矛盾しないか、契約書と実際の運用を確認してください。判断に迷う場合は、労働基準監督署や社会保険労務士に相談することをおすすめします。
Q. 役員のうち一人だけを特別加入から外すことはできますか。
中小事業主等の特別加入は、事業主とその事業に従事する者を包括して申請する扱いが原則とされています。個別に除外できるかどうかは、その者の職務内容や労働者性によっても変わります。労働保険事務組合と都道府県労働局に、具体的な職務内容を示して確認してください。
Q. 給付基礎日額はいつでも変更できますか。
随時の変更ではなく、労働保険の年度更新の時期など、決められた機会に変更の申請を行う運用です。変更が認められる時期と手続きは、事務組合または特別加入団体を通じて、公表資料で確認してください。被災後にさかのぼって引き上げることはできません。
出典
- 労働者災害補償保険法
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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