最低賃金の改定に自社の賃金をどう合わせるか
人事ノート最低賃金は、使用者が労働者に支払わなければならない賃金の下限額です。改定のたびに「うちは十分払っているから関係ない」と流してしまうと、手当構成によっては一部の社員で下回っていた、という事態が起こります。ここでは、最低賃金法が定める枠組みを、人事が動く順序に並べ替えて整理します。
まず押さえる3つの前提
地域別最低賃金と特定最低賃金
最低賃金法に基づく最低賃金には、都道府県ごとにすべての労働者と使用者に適用される地域別最低賃金と、特定の産業について定められる特定最低賃金があります。両方が適用される場合は、高い方の額を満たす必要があります。自社の業種に特定最低賃金が設定されているかどうかは、事業場のある都道府県労働局が公表する一覧で確認してください。
適用の単位は「事業場の所在地」
地域別最低賃金は、労働者が働く事業場の所在地の額が適用されます。本社が別の県にあっても、支店や営業所が所在する県の額で判定します。県をまたいで現場が動く建設業では、どの事業場に所属する労働者かを先に確定させてから比較してください。派遣労働者については、派遣先の事業場の所在地の最低賃金が適用されます。出向者は、指揮命令と賃金支払いの実態で判断が分かれるため、迷う場合は労働基準監督署に相談してください。
下回る定めは無効になる
最低賃金法は、最低賃金額に達しない賃金を定めた労働契約について、その部分を無効とし、最低賃金と同じ定めをしたものとみなすと規定しています。つまり、労使で合意していても下回る契約は成立しません。不足していれば差額の支払い義務が生じ、違反には罰則も定められています。罰金額や条番号は、最低賃金法の条文で確認してください。
比較に使う賃金と、使わない賃金
最低賃金と比べるのは、毎月支払われる基本的な賃金に限られます。除外される賃金を含めたまま計算すると、判定を誤ります。割増賃金の基礎に算入する手当とは範囲が異なる点に注意してください。
| 賃金の項目 | 最低賃金との比較 | 割増賃金の基礎 |
|---|---|---|
| 基本給 | 算入する | 算入する |
| 役職手当・資格手当・職務手当 | 算入する | 算入する |
| 住宅手当 | 算入する | 要件を満たす場合は除外できる |
| 家族手当 | 算入しない | 要件を満たす場合は除外できる |
| 通勤手当 | 算入しない | 除外できる |
| 精皆勤手当 | 算入しない | 算入する |
| 時間外・休日・深夜の割増賃金 | 算入しない | ― |
| 賞与など1か月を超える期間ごとの賃金 | 算入しない | 除外する |
| 臨時に支払われる賃金 | 算入しない | 除外する |
建設業では、現場手当や出張手当など独自の名称の手当が多くあります。名称ではなく支給の実態で判断します。毎月決まって支給され、家族数や通勤距離、出勤率と連動しないものは、原則として比較に算入すると考えて差し支えありません。判断に迷う手当は、支給要件が書かれた賃金規程を添えて監督署に確認してください。
時間額に換算する
最低賃金は時間額で定められています。自社の賃金を時間額に直して比べます。
| 賃金形態 | 時間額への換算 |
|---|---|
| 時間給 | そのままの額で比較する |
| 日給 | 日給 ÷ 1日の所定労働時間 |
| 月給 | 月給 ÷ 1か月平均所定労働時間 |
| 出来高払制・請負給 | その期間の算入賃金総額 ÷ その期間の総労働時間 |
| 複数を組み合わせた賃金 | それぞれ時間額に換算して合算する |
1か月平均所定労働時間は、年間の所定労働日数に1日の所定労働時間を掛け、12で割って求めます。ここで実際より短い時間を使うと、時間額が高く出てしまいます。年間カレンダーを更新したら、この数値も合わせて更新してください。
日によって所定労働時間が異なる場合は、1週間の平均で計算します。出来高払制は、実際に働いた総労働時間で割る点が特徴で、手待ち時間や移動時間が労働時間に含まれると分母が増え、時間額は下がります。
改定発効までの実務手順
地域別最低賃金の改定額と発効日は、都道府県ごとに公示されます。発効日は年によって、また都道府県によって異なりますので、毎年、自社の事業場がある都道府県の公示で確認してください。以下は、公示から発効までを逆算した段取りです。
- 改定額と発効日を確認する(人事) 事業場が複数県にある場合は、県ごとに一覧表を作ります。特定最低賃金の有無も同時に確認します。
- 影響者を洗い出す(人事・給与担当) 全社員を時間額に換算し、新しい額を下回る人、および差が小さい人を抽出します。パート、アルバイト、嘱託、高年齢の再雇用者、外国人材、試用期間中の社員を漏らさないようにします。
- 原資を試算する(人事・経理) 下回る人の引き上げ額だけでなく、その上の等級との差が詰まることによる連動改定分も含めて試算します。社会保険料の事業主負担と割増賃金単価の上昇も加えます。
- 改定案を決める(経営) 下限だけを持ち上げると、中堅層との差が縮み、技能や役職に応じた差がなくなります。等級の下限額そのものを見直すかどうかを、この段階で決めます。
- 規程を改定し周知する(人事) 賃金規程の等級別下限額や日給単価の表を改定し、就業規則の変更手続きと周知を行います。個々の労働者には、変更後の賃金を書面で明示します。
- 給与計算の単価を更新する(給与担当) 時間給、日給の登録単価を発効日基準で更新します。発効日が給与計算期間の途中に来る場合の扱いを、あらかじめ決めておきます。
- 求人票と募集条件を更新する(採用担当) 掲載中の求人の賃金下限が新しい最低賃金を下回っていないか、発効日までに全件点検します。
- 発効後の最初の締めで検算する(給与担当) 実際の支給額と労働時間で時間額を再計算し、下回りがないかを確認します。欠勤控除や日割りが入った月は特に確認が必要です。
建設業で起きやすいつまずき
- 日給月給で月ごとに時間額が変わる:日給制は、1日の所定労働時間で割って判定します。所定労働時間を8時間としながら、実際には朝礼や片付けを含め始業前後に労働時間が発生していると、実態としての時間額は下がります。
- 移動時間と手待ち時間の計上漏れ:これらが労働時間と判断されれば、出来高払制や月給制での時間額計算の分母が増えます。労働時間の範囲は賃金額の判定に直結します。
- 除外手当に頼った賃金構成:通勤手当や家族手当を厚くして総支給額を確保している場合、比較に使える賃金は思ったより少なくなります。改定のたびに下回りが発生しやすい構成です。
- 外国人材の賃金:技能実習生や特定技能の在留資格で働く人も、労働者である以上、日本人と同じ最低賃金が適用されます。宿舎費や水道光熱費を控除している場合の扱いは複雑なので、控除の根拠書類を揃えたうえで監督署に確認してください。
- 求人票の据え置き:前年の求人をそのまま再掲載し、賃金下限が新しい額を下回った状態で公開されている例があります。発効日を採用担当のカレンダーに入れておきます。
- 下請への発注単価:自社が元請の場合、下請の賃金が最低賃金を満たせない水準の単価で発注していないかを点検します。契約上は請負でも、実態が労働者であれば最低賃金法が適用されます。
減額の特例は許可制
最低賃金法には、一般の労働者より労働能力が低いなど一定の場合に、最低賃金額から一定率を減額して適用できる特例が定められています。対象となる区分は次のとおりですが、いずれも都道府県労働局長の許可を受けてはじめて適用できます。許可なく減額して支払うことはできません。
| 区分 | 主な内容 |
|---|---|
| 精神または身体の障害により著しく労働能力が低い者 | 障害が業務の遂行に直接支障を与えていることが必要 |
| 試の使用期間中の者 | 本採用後との賃金差など、実態の確認を受ける |
| 認定職業訓練を受ける者 | 基礎的な技能を習得する段階にある者が対象 |
| 軽易な業務に従事する者 | 他の労働者より著しく軽易であることが必要 |
| 断続的労働に従事する者 | 手待ち時間が多い業務が対象 |
減額率や申請書類は省令や様式で定められています。申請から許可までに期間がかかりますので、該当しそうな雇用を予定する場合は、採用前に労働基準監督署へ相談してください。個別の事案が許可の対象になるかどうかは、行政の判断によります。
改定を賃金制度の見直しに使う
最低賃金の引き上げは、下限に張り付いている層だけの問題ではありません。下限が上がると、経験年数の浅い層と中堅層の差が縮みます。差が縮んだまま放置すると、資格取得や現場責任の重さに対する納得感が失われ、定着に影響します。
改定への対応を、次の3点を決める機会として使うことをお勧めします。
- 等級ごとの賃金の下限額を、最低賃金からどれだけ上に置くか
- 資格手当や役職手当を、最低賃金の比較に算入される手当として設計するか
- 日給制の社員について、月給制への移行や年間所定労働日数の見直しを行うか
いずれも就業規則や賃金規程の変更を伴います。労働条件の不利益変更に当たる部分がある場合は、手続きと合理性の検討が必要です。個別の事情がある場合は、社会保険労務士や弁護士に相談してください。
よくある質問
Q. 月給者は最低賃金を大きく上回っているように見えます。それでも毎年確認が必要ですか。
必要です。比較に使えるのは基本給と一部の手当だけで、通勤手当、家族手当、精皆勤手当、割増賃金、賞与は除きます。除外手当の比重が大きい賃金構成では、総支給額が高くても時間額が下限付近になることがあります。1か月平均所定労働時間で割った額で、毎年確認してください。
Q. 発効日が給与計算期間の途中に来る場合、どう計算すればよいですか。
新しい最低賃金は発効日以後の労働に適用されますので、発効日の前後で期間を分けて判定するのが基本です。実務では、締め日をまたぐ煩雑さを避けるため、期間全体を新しい額で計算する運用も見られますが、労働者に不利にならないことが前提です。自社の締め日と支給日に沿った具体的な処理は、労働基準監督署に確認してください。
Q. 一人親方に支払う外注単価も、最低賃金に合わせる必要がありますか。
最低賃金法が適用されるのは労働者です。請負契約に基づく報酬そのものに最低賃金は適用されません。ただし、作業の指揮命令や時間拘束の実態から労働者と判断されれば、契約の名称にかかわらず最低賃金法が適用され、差額の支払い義務が生じます。契約と実態が一致しているかを先に点検してください。
Q. 過去にさかのぼって下回っていたことが分かりました。どう対応すべきですか。
最低賃金に達しない部分の賃金の定めは無効となり、最低賃金額で支払ったものとして扱われます。したがって、不足額は対象者ごとに計算して遡って支払う必要があります。あわせて、原因となった賃金規程や単価表を改定し、再発しない計算方法に直してください。対象期間や計算方法の判断に迷う場合は、労働基準監督署に相談することをお勧めします。
Q. 県外の現場に長期常駐している社員は、どちらの県の最低賃金で判定しますか。
地域別最低賃金は、その労働者が所属する事業場の所在地を基準に適用されます。現場の所在地だけで自動的に決まるわけではなく、現場が独立した事業場として扱われるかどうかで結論が変わります。長期の大規模現場などで判断が分かれる場合は、事業場の届出状況を整理したうえで、管轄の労働基準監督署に確認してください。
出典
- 最低賃金法
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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