固定残業代を求人票の賃金欄にどう書くか
人事ノート固定残業代(定額残業代、みなし残業代とも呼ばれます)は、建設業の求人票でよく使われる賃金の組み立て方です。月給を大きく見せやすい一方で、書き方があいまいだと、応募者の誤解、入社後の賃金トラブル、労働基準監督署からの指摘につながります。ここでは、求人票の賃金欄に固定残業代を含めるときに、人事が何を決め、どう書き、入社後に何を確かめるかを順に整理します。個別の制度設計は事情によって判断が分かれますので、最終的には社会保険労務士や弁護士に確認してください。
固定残業代とは何を先に決める制度か
固定残業代は、時間外労働などに対する割増賃金を、あらかじめ定額で毎月支払う仕組みです。割増賃金そのものを払わなくてよくなる制度ではありません。労働基準法は、法定の労働時間を超えて労働させた場合などに割増賃金を支払うことを使用者に義務づけています。固定残業代は、その支払い方の一つにすぎません。
そのため、人事が先に決めるべきことは次の3点です。
- 固定残業代が何時間分の割増賃金に当たるのか(時間数)
- その時間数に対応する金額はいくらか(金額)
- 実際の時間外労働が想定時間数を超えたとき、超過分をどう計算して支払うか(精算方法)
この3点が決まっていない固定残業代は、求人票に書きようがありません。逆に言えば、この3点が社内で確定していれば、求人票の記載はほぼ機械的に組み立てられます。
割増賃金の基礎になる賃金を確認する
固定残業代の金額を決めるには、割増賃金の基礎になる1時間あたりの賃金を出す必要があります。割増賃金の基礎から除外できる手当は労働基準法で限定されています。家族手当や通勤手当などが典型ですが、名称だけで判断せず、支給実態で判断します。名称が家族手当でも、全員に一律で同額を支給している場合は、基礎から除外できないと判断されることがあります。除外できる手当の範囲は、労働基準法および関係する行政の公表資料で確認してください。
求人票の賃金欄に書く要素
求人票の賃金欄に固定残業代を含める場合、次の要素がそろっているかを点検します。どれか一つでも欠けると、応募者は「この月給に残業代が何時間分入っているのか」を判断できません。
| 記載要素 | 書く内容 | 欠けたときに起きること |
|---|---|---|
| 基本給の額 | 固定残業代を除いた基本給 | 月給の中身が分からず、他社比較ができない |
| 固定残業代の額 | 円単位の金額 | 残業代の水準が不明で、入社後に不満が出る |
| 対応する時間数 | 「月◯時間分」 | 何時間働けば追加支給かが分からない |
| 超過分の取扱い | 超えた分は別途支給する旨 | 残業代が定額で打ち止めと誤解される |
| 計算の前提 | 想定の所定労働時間など | 金額の妥当性を確かめられない |
記載例
次のような形が、要素を満たした書き方です。金額はあくまで書式を示すための例です。
月給 280,000円 (内訳)基本給 230,000円/固定残業手当 50,000円 固定残業手当は時間外労働30時間分に相当する額です。 時間外労働が30時間を超えた場合は、超過分の割増賃金を別途支給します。 時間外労働の有無にかかわらず、固定残業手当は毎月支給します。
建設業では、これに加えて現場手当、資格手当、出張手当などが重なります。固定残業代と混ざらないよう、手当ごとに行を分けて書きます。「諸手当込み」とまとめた表記は、内訳が見えないため避けます。
幅を持たせて書くときの注意
経験や資格に応じて月給に幅を持たせる求人票では、固定残業代も幅で書くことになります。このとき、下限の金額と上限の金額で、固定残業代がそれぞれいくらになるかを示します。「月給250,000円〜400,000円(固定残業代含む)」だけでは、下限で採用された人の基本給が分かりません。下限のケースと上限のケースを併記するか、少なくとも下限のケースの内訳を書きます。
金額が適正かを点検する手順
求人票に書く前に、固定残業代の金額が、表示した時間数分の割増賃金に足りているかを確かめます。足りていないと、求人票の表記そのものが実態と合わなくなります。
- 年間の所定労働日数と1日の所定労働時間から、1か月あたりの平均所定労働時間を出します。
- 割増賃金の基礎になる賃金(基本給+除外できない手当)を、1か月あたりの平均所定労働時間で割り、1時間あたりの単価を出します。
- 1時間あたりの単価に割増率を掛け、表示する時間数を掛けます。これが必要な固定残業代の額です。
- 実際に支給する固定残業手当の額が、3の額以上かを確かめます。下回っていれば、金額を上げるか、時間数の表示を下げます。
点検でつまずきやすいところ
- 平均所定労働時間を、実際より長く置いてしまうと単価が小さく出ます。就業規則やカレンダーと突き合わせて確認します。
- 基礎に入る手当を見落として単価を低く計算すると、固定残業代が不足します。手当の一覧を作り、除外の可否を1件ずつ判定します。
- 深夜労働や法定休日労働は、時間外労働とは割増率が異なります。固定残業代が時間外労働分だけを対象にしているのか、深夜分も含むのかを、賃金規程で明確にします。求人票にもその範囲を書きます。
- 昇給で基本給が上がると、必要な固定残業代の額も上がります。固定残業手当の額を据え置いたままにすると、いつの間にか不足します。昇給のたびに再計算する手順を定めます。
時間数の設定と上限規制との関係
固定残業代の時間数は、自由に決められるわけではありません。時間外労働そのものに上限規制があるため、規制の範囲を超える時間数を前提にした設定は、実務上も説明がつきません。建設業も時間外労働の上限規制の対象です。36協定の範囲、特別条項の扱いと合わせて、時間数を決めます。
| 検討項目 | 確認するもの | 担当 |
|---|---|---|
| 想定する時間数 | 直近1年の職種別の時間外労働実績 | 人事・労務 |
| 36協定の限度 | 締結済みの36協定の内容 | 人事・労務 |
| 現場ごとの差 | 工期、配置人数、繁忙期の偏り | 工事部門 |
| 求人票への反映 | 職種別に時間数を分けるか | 採用担当 |
施工管理と設計、内勤では時間外労働の実態が異なります。全社一律の時間数を求人票に書くと、実態と合わない職種が出ます。職種ごとに求人票を分けているのであれば、固定残業代の時間数も職種ごとに設定するほうが、入社後の食い違いが減ります。
就業規則と労働条件通知書との整合
求人票だけを直しても、社内の規程が古いままでは意味がありません。次の順で整えます。
- 賃金規程に、固定残業手当の名称、対象となる割増賃金の範囲、相当する時間数、超過分を精算する旨を定めます。
- 就業規則の変更手続きを行います。労働者の過半数代表の意見を聴き、所轄の労働基準監督署に届け出ます。
- 労働条件通知書(または雇用契約書)に、賃金の内訳として固定残業手当を明記します。求人票と同じ時間数、同じ金額になっているかを確かめます。
- 給与明細で、基本給と固定残業手当を分けて表示します。超過分を支払った月は、超過分の行を別に立てます。
求人票、労働条件通知書、給与明細の3つで表記がそろっていない会社は少なくありません。特に、求人票では「30時間分」と書きながら、契約書には時間数の記載がない、というずれが起きやすい箇所です。採用の都度、この3点をセットで確認する運用にします。
既存社員への適用を変えるとき
新しく固定残業代を導入する、または時間数を変えるときは、既存社員の労働条件の変更に当たります。基本給を下げて、その分を固定残業手当に振り替えるようなやり方は、不利益変更と判断される余地があります。総額が同じでも、割増賃金の計算基礎が変わるためです。既存社員への適用は、求人票の話とは切り分けて、専門家に相談したうえで進めてください。
入社後に必要な運用
固定残業代を採用しても、労働時間の把握義務はなくなりません。むしろ、超過分を正しく精算するために、把握の精度が求められます。
- 毎月、職種ごとに実際の時間外労働時間を集計し、固定残業代の想定時間数を超えた人を洗い出します。
- 超過した人には、超過分の割増賃金を当月または翌月の給与で支給します。支給しないまま繰り越すことはできません。
- 恒常的に想定時間数を超えている職種があれば、固定残業代の設計そのものを見直します。求人票の時間数も合わせて改めます。
- 逆に、実際の時間外労働が想定を大きく下回る状態が続くなら、求人票の時間数が過大です。応募者に「残業が多い会社」という印象を与えるだけになります。
よくあるつまずき
- 「固定残業代を払っているから、何時間働かせても追加の支払いは不要」と現場の管理職が誤解しているケースです。管理職向けの説明を、制度導入時に必ず行います。
- 求人票には固定残業代を書いたが、面接の場で口頭説明をしていないケースです。内定承諾の前に、月給の内訳を書面で示し、その場で説明します。
- 欠勤や遅刻があった月に、固定残業手当を勝手に日割りで減らしてしまうケースです。減額の可否と方法は、賃金規程にどう定めているかによります。規程に定めがないまま減らすと、争いのもとになります。
- 中途採用者ごとに固定残業代の時間数が違うまま運用し、社内の説明がつかなくなるケースです。時間数は職種や等級で決め、個別交渉の対象にしないほうが管理しやすくなります。
社内で使える点検リスト
求人票を出す前に、採用担当が次の項目を順に確認します。
- 月給の総額と、基本給・固定残業手当の内訳が一致しているか。
- 固定残業手当に対応する時間数が書かれているか。
- 超過分を別途支給する旨が書かれているか。
- 時間数が36協定の範囲内で、職種の実績と大きくかけ離れていないか。
- 固定残業手当の額が、表示した時間数分の割増賃金以上か(計算書を残す)。
- 賃金規程、労働条件通知書のひな形と表記がそろっているか。
- 深夜労働・休日労働の取扱いが明示されているか。
- 昇給後の再計算の時期が決まっているか。
このリストは、求人票の決裁書類に添付しておくと、掲載後の修正が減ります。
よくある質問
Q. 固定残業代の時間数に上限はありますか
労働基準法に「固定残業代は何時間分まで」という直接の定めはありませんが、時間外労働そのものに上限規制があるため、それを超える時間数を前提にした設定は実務上成り立ちません。36協定で定めた範囲を超える時間数を求人票に書くと、自社の協定と矛盾します。まずは職種ごとの実績と36協定の内容を突き合わせ、その範囲内で設定してください。上限規制の具体的な時間数は、労働基準法および関係する公表資料で確認してください。
Q. 固定残業代の分を毎月使い切らない月も、全額支払う必要がありますか
固定残業代は、実際の時間外労働が想定時間数に満たない月でも、定額で支払う前提の手当です。使わなかったからといって減額する運用にすると、そもそも固定残業代としての性格があいまいになります。求人票にも「時間外労働の有無にかかわらず支給する」と明記しておくと、応募者の誤解が減ります。
Q. 基本給を下げて固定残業手当に振り替えれば、総額を変えずに導入できますか
総額が同じでも、基本給が下がれば割増賃金の計算基礎が下がるため、既存社員にとっては不利益な変更と判断される余地があります。労働条件の不利益変更は、個別の同意や変更の合理性が問われる論点です。安易に振り替えず、社会保険労務士や弁護士に相談したうえで進めてください。
Q. 職種ごとに固定残業代の時間数を変えても問題ありませんか
職種によって時間外労働の実態が異なるのであれば、時間数を分けること自体は合理的な設計です。ただし、賃金規程に区分の基準を明記し、同じ職種の中で人によって扱いが変わらないようにします。求人票も職種ごとに分け、それぞれの時間数と金額を書いてください。
Q. 求人票と労働条件通知書で固定残業代の額が違ってしまった場合はどうなりますか
求人票の内容と実際の労働条件が異なる場合、応募者の信頼を損なうだけでなく、労働条件の明示に関する問題として指摘を受ける可能性があります。気づいた時点で速やかに本人へ説明し、どちらの条件で契約するかを書面で確認してください。再発を防ぐため、求人票の作成時に労働条件通知書のひな形と同じ数値を転記する運用にします。
出典
- 労働基準法
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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