賃金構造基本統計調査で建設業の賃金水準を読む
人事ノート賃金の話は、社内でいちばんもめやすいところです。「同業より低いのではないか」「求人票の年収を上げるべきだ」といった議論は、感覚だけで進めると結論が出ません。判断の土台になるのが、厚生労働省の賃金構造基本統計調査です。産業別・職種別・企業規模別・年齢階級別に賃金が集計されているため、自社の位置を確かめる物差しとして使えます。
ただし、この調査の「賃金」は日常語の給料とは定義が違います。定義を確認しないまま数字を引用すると、社内説明の途中で前提が崩れます。この記事では、用語の意味、年収への換算、集計軸の選び方、自社データとの突き合わせ手順を、実務の順序に並べます。数値そのものは年によって変わるため、最新の公表資料で確認してください。
この調査で分かること、分からないこと
賃金構造基本統計調査は、労働者の属性ごとに賃金がどう違うかを明らかにする調査です。事業所を抽出し、そこで働く労働者について、賃金額と属性を集計します。
分かることは、おおむね次のとおりです。
- 産業別(建設業を含む大分類、表によっては中分類)の賃金水準
- 企業規模別の差
- 年齢階級別・勤続年数別の賃金の上がり方
- 学歴別、性別の賃金
- 雇用形態別(正社員・正職員とそれ以外)の賃金
- 就業形態別(一般労働者と短時間労働者)の賃金
- 都道府県別の賃金
- 職種別の賃金
- 新規学卒者の初任給に関する集計
一方で、分からないこともあります。
- 個別企業の賃金は分かりません。あくまで集計値です。
- 一人親方など、労働者に当たらない働き方の報酬は含まれません。
- 退職金や、住宅の現物提供などの現物給与は含まれません。
- 調査対象となる事業所の規模には下限があります。小規模事業所がどこまで含まれるかは、公表資料の「調査の概要」で確認してください。
- 職種や学歴の区分は過去に見直されたことがあります。年をまたいで比較するときは、区分の定義が同じかどうかを必ず確認してください。
賃金の用語は日常語とずれる
この調査でいちばん間違えやすいのが用語です。表の見出しをそのまま「月給」と読み替えると、社内説明でつまずきます。
| 用語 | 中身 | 実務での使いどころ |
|---|---|---|
| きまって支給する現金給与額 | 調査対象月に支給された現金給与額の総額。所定内給与額と超過労働給与額の合計。税や社会保険料を控除する前の額 | 実際の月々の支給額に近い。年収換算の土台にする |
| 所定内給与額 | きまって支給する現金給与額から、超過労働給与額を差し引いた額 | 残業の多寡に左右されない比較ができる。基本給や固定手当の水準を見るときに使う |
| 超過労働給与額 | 時間外、休日出勤、深夜労働などに対して支払われた給与 | 働き方の違いを読む材料。上限規制対応の影響を見るときに使う |
| 年間賞与その他特別給与額 | 前年1年間に支給された賞与、期末手当などの特別給与 | 年収換算に加算する。賞与の厚みが会社ごとに違うため、月額だけの比較は危険 |
| 所定内実労働時間数・超過実労働時間数 | 調査対象月に実際に働いた時間 | 賃金額と合わせて見ると、時間当たりの水準が分かる |
注意点を三つ挙げます。第一に、現金給与額には通勤手当のような手当が含まれます。基本給だけの数字ではありません。第二に、控除前の額です。手取りとは違います。第三に、賞与は「前年1年間」の実績であり、賃金額の調査対象月とは期間がずれています。
年収に直す手順
求人票や賃金表と比べるには、年収に直す必要があります。手順は次のとおりです。
- 対象とする集計表を決めます(産業、企業規模、年齢階級、雇用形態などの条件を先に固定します)。
- きまって支給する現金給与額を12倍します。
- そこに年間賞与その他特別給与額を足します。
- 出てきた額を「概算の年収」として扱い、社内資料には概算である旨を明記します。
この計算はあくまで概算です。理由は二つあります。ひとつは、賃金額が特定の月の実績である点です。その月の残業時間がその会社の平均どおりとは限りません。もうひとつは、賞与が前年実績である点です。賞与の支給水準が大きく動いた年は、月額と賞与の年がかみ合いません。
残業の影響を除いて比べたいときは、所定内給与額を12倍した額に賞与を足す方法もあります。用途に応じて、どちらの定義を使ったかを資料に書き残してください。後から見返したときに再現できないと、次年度の議論がやり直しになります。
集計軸の選び方
建設業の平均だけを見ても、自社の判断材料にはなりません。自社に近い条件まで絞り込んでから読みます。
| 集計軸 | 建設業での使い方 | 絞り込みのめやす |
|---|---|---|
| 産業 | 建設業の大分類が基本。表によっては中分類の集計もある | 自社が総合工事、職別工事、設備工事のどれに近いかを確認する |
| 企業規模 | 規模による差が大きい。全規模計と比べると自社を過小評価または過大評価しやすい | 自社の常用労働者数が入る規模区分に合わせる |
| 職種 | 技術者と技能者では水準の意味が違う。施工管理、設計、技能職を分けて見る | 求人票の職種名ではなく、調査の職種定義に当てはめる |
| 年齢階級 | 賃金カーブの形が分かる。若年層と管理職層で自社との差の出方が違う | 自社の等級ごとの平均年齢に対応させる |
| 勤続年数 | 中途採用が多い会社は、年齢よりも勤続で見た方が説明しやすい場合がある | 中途入社者の処遇を議論するときに使う |
| 雇用形態 | 正社員・正職員とそれ以外の差を確認できる | 有期契約者や再雇用者の処遇を点検するときに使う |
| 都道府県 | 採用競合が地場企業中心なら、全国平均より地域の数字が実態に近い | 事業所所在地または主な採用エリアで選ぶ |
平均値のほかに、分位数(中位数や四分位数など)が掲載された表もあります。平均値は上位に引っ張られやすいため、レンジを設計するときは分位数の有無を確認してください。掲載範囲は年や表によって異なります。
自社の賃金表と突き合わせる手順
- 比較の目的を決めます。「求人票の年収レンジ見直し」なのか「既存社員の賃金改定」なのかで、使う数字が変わります。
- 自社側のデータを、調査の定義に合わせて作り直します。基本給だけの一覧ではなく、月々の支給総額(控除前)と、前年1年間の賞与額に組み替えます。
- 比較条件をそろえます。産業、規模、地域、年齢階級、雇用形態を固定し、条件を資料に明記します。
- 差の大きい層を特定します。全体平均で数万円の差があっても、実際は特定の年齢層や職種だけで開いていることが多くあります。
- 差の原因を仕分けます。基本給の差なのか、賞与の差なのか、残業時間の差なのかを分けます。原因が違えば打ち手も違います。
- 打ち手と費用を試算します。対象人数と改定額を掛けて年間の人件費増を出し、社会保険料の会社負担分も見込みます。
- 経営会議に諮る資料に、出典名と使った集計条件、基準とした年を書き添えます。
担当は人事が主導し、賃金原資の判断は経営、現場の実態確認は各部門の管理者が担います。賃金改定の決裁時期から逆算し、遅くとも3か月前には比較作業を終えておくと、議論の時間が確保できます。
求人票の年収レンジに落とすとき
求人票に書く年収は、募集する職種と経験年数に対応した額でなければなりません。統計の平均値をそのまま下限にすると、経験の浅い応募者に提示できず、入社後に条件が変わる原因になります。
- 下限は、自社が実際に提示できる最低額にします。統計は「その額が市場から見て低すぎないか」を確かめるために使います。
- 上限は、直近に実際に提示した実績の範囲内にします。統計の上位層に合わせて上限だけ引き上げると、応募者の期待とずれます。
- 職種別の集計を見るときは、調査の職種定義と自社の呼称が一致しているかを確認します。社内の役職名は統計の職種区分とは別物です。
- 固定残業代を含む金額を掲示する場合は、その内訳の明示が求められます。統計との比較でも、残業代込みの額と所定内給与額を混ぜないでください。
建設業で特に注意したい読み方
- 調査対象となる月と、建設業の繁忙期はずれます。年度末に残業が集中する会社では、調査対象月の超過労働給与額が年間の実態より小さく出ることがあります。時間外労働の上限規制への対応状況を賃金から読むときは、この時期のずれを前提にしてください。
- 事業所単位の調査です。本社の管理部門と現場を多く抱える事業所とでは、労働者の構成が違います。自社の数字を作るときも、どの範囲を集計したかをそろえてください。
- 一人親方や、請負で働く方の報酬は含まれません。技能者の処遇を検討するときは、この点を社内で共有しておかないと議論がかみ合いません。
- 公共工事の積算に用いられる労務単価は、この調査とは別の調査に基づく数値です。性格が異なるため、そのまま賃金水準の比較には使えません。定義は、それぞれの公表元の資料で確認してください。
よくあるつまずき
- 全国・全規模の平均だけで結論を出す。企業規模と地域で差が出やすい項目です。条件をそろえずに「自社は低い」と説明すると、経営側から前提を突き返されます。
- 月額だけを比べる。賞与の厚みが違えば年収は逆転します。必ず年間賞与その他特別給与額まで含めて比べてください。
- 手取りと混同する。控除前の額です。社内説明の場で「この額をもらっている人はいない」と言われないよう、注記を入れてください。
- 年をまたいで安易に比較する。職種区分や学歴区分は見直されたことがあります。区分が変わった年をまたぐ比較は、増減の解釈を誤ります。
- 職種名を自社の呼称で読み替える。同じ「施工管理」でも、統計の職種定義に当てはまるかは別問題です。定義を確認してから対応づけてください。
- 数字を資料に貼るだけで条件を書かない。翌年に同じ比較ができず、毎回ゼロから作り直すことになります。集計条件は必ず残してください。
- 改定額の試算に社会保険料の会社負担を入れ忘れる。実際の負担は賃上げ額だけでは済みません。
社内での使い方と担当・時期
| 場面 | 使う集計 | 主担当 | 時期のめやす |
|---|---|---|---|
| 求人票の年収レンジ見直し | 職種別、年齢階級別、都道府県別 | 採用担当 | 募集開始の1か月前まで |
| 賃金改定の原資検討 | 産業別、企業規模別、年齢階級別 | 人事・経営 | 改定決裁の3か月前まで |
| 初任給の設定 | 新規学卒者の初任給に関する集計 | 人事 | 翌年度の募集要項確定前 |
| 雇用形態間の処遇点検 | 雇用形態別、就業形態別 | 人事 | 年1回、定期に |
| 労使での説明資料 | 上記のうち該当するもの | 人事 | 協議の開催前 |
公表の時期は、公表元の予定で確認してください。最新年の結果が出たら、前年の資料と同じ集計条件で更新し、差分だけを見る運用にすると作業が軽くなります。
賃金水準の議論は、数字を出した瞬間に「その根拠は」と問われます。出典名と集計条件を先に固めておけば、議論は水準そのものに集中できます。個別の賃金制度の設計や、労働条件の不利益変更にあたる可能性がある改定については、社会保険労務士など専門家に相談してください。
出典
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
出典
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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