建設業で必要な法定の安全衛生教育を整理する
人事ノート建設業では、人を採用してから現場に立たせるまでの間に、法令で決められた教育がいくつも重なります。雇入れ時の教育、作業内容を変えたときの教育、危険有害業務の特別教育、そして職長等教育です。これらは現場任せにされがちですが、実施義務を負うのは「事業者」であり、未実施のまま就業させれば法令違反になります。労働災害が起きたときに、教育記録の有無は必ず確認されます。
この記事では、労働安全衛生法が定める安全衛生教育を、人事の実務の順序に並べ替えて整理します。個別の業務がどの教育に当たるかは、法の委任を受けた政令・省令で細かく決まっています。判断に迷う場合は原文と公表資料で確認し、必要に応じて労働基準監督署や専門家に相談してください。
全体像は「入口」「業務」「役割」の三層で考える
安全衛生教育は、ばらばらの制度が並んでいるように見えますが、次の三層に分けると整理しやすくなります。
- 入口の層:雇い入れたとき、作業内容を変えたときに、全員へ行う教育
- 業務の層:特定の危険有害業務に就かせるときに、その業務ごとに必要になる教育・資格
- 役割の層:職長など、人を指導・監督する立場になるときに必要になる教育
主なものを根拠条文とあわせて表にします。
| 区分 | 根拠(労働安全衛生法) | 対象 | 義務の性格 | 実施のタイミング |
|---|---|---|---|---|
| 雇入れ時の教育 | 第59条第1項 | 新たに雇い入れた労働者(雇用形態を問わない) | 義務 | 就業させる前 |
| 作業内容変更時の教育 | 第59条第2項 | 作業内容を変更した労働者 | 義務 | 変更後の作業に就かせる前 |
| 特別教育 | 第59条第3項 | 省令で定める危険有害業務に就かせる労働者 | 義務 | その業務に就かせる前 |
| 職長等教育 | 第60条 | 新たに職長等になる者(作業主任者を除く) | 義務 | その職務に就く前 |
| 危険有害業務従事者への教育 | 第60条の2 | 現にその業務に従事している者 | 努力義務 | 定期または随時 |
| 能力向上教育 | 第19条の2 | 安全管理者、衛生管理者、安全衛生推進者など | 努力義務 | 選任時・随時 |
| 就業制限業務 | 第61条 | 免許・技能講習修了者等の有資格者のみ就業可 | 資格者以外を就かせることの禁止 | 就業させる前 |
| 作業主任者の選任 | 第14条 | 政令で定める作業 | 義務 | 作業ごとに選任 |
義務の性格が「努力義務」の項目も、労災防止の観点からは実施状況を説明できるようにしておくのが現実的です。発注者の安全書類で提出を求められる場面もあります。
誰が実施義務を負うのか
教育の実施義務を負うのは、その労働者を雇用している事業者です。下請会社の労働者に対する雇入れ時教育や特別教育は、元請ではなく下請会社が行います。ただし、元方事業者には関係請負人とその労働者が法令に違反しないよう指導する義務(第29条)があり、特定元方事業者には作業間の連絡調整などの統括管理(第30条)が課されています。元請の立場では「下請が教育を済ませているか」を確認する仕組みが必要になります。
人事としては、自社が元請側なのか下請側なのかで、確認する対象が変わる点を押さえておいてください。自社雇用者については実施と記録、協力会社の労働者については修了証の確認という役割分担になります。
雇入れ時の教育:入社初日までに終わらせる
第59条第1項は、労働者を雇い入れたときに、従事する業務に関する安全または衛生のための教育を行わなければならないと定めています。対象は正社員に限りません。有期契約、パート、アルバイト、日雇も含まれます。短期間だから省略してよい、という規定はありません。
教育項目は厚生労働省令で定められています。機械等・原材料等の危険性や有害性と取扱い方法、安全装置や保護具の性能と取扱い、作業手順、作業開始時の点検、業務に関して発生するおそれのある疾病の原因と予防、整理整頓と清潔の保持、事故時等における応急措置と退避、その他業務に関する安全衛生に必要な事項、といった内容です。
注意したいのは、業種によって一部項目を省略できるとされていた扱いです。省略の可否は省令改正で見直されています。建設業がどの区分に当たるかを含め、最新の省令と公表資料で確認したうえで、自社の教育カリキュラムを組んでください。迷う場合は、全項目を実施する前提で設計するほうが安全です。
実務手順
- 内定通知の段階で、配属予定の職種と初期に従事する作業を人事が確定させる
- その作業に必要な教育(雇入れ時教育に加え、特別教育や資格の要否)を洗い出す
- 入社日の午前に雇入れ時教育を実施し、受講者の署名を取る
- 特別教育や技能講習が必要な業務は、修了までその業務に就かせない旨を配属先に文書で伝える
- 教育記録を人事ファイルに保管し、資格台帳に反映する
教育に要した時間は、法令で事業者に義務づけられた措置を行う時間ですから、労働時間として扱うのが原則です。所定労働時間外に行えば割増賃金の対象になり得ます。費用も事業者負担が原則です。この点を曖昧にしたまま「入社前に自費で受けてきてほしい」と伝えると、後でトラブルになります。
特別教育:業務ごとに必要かどうかを判定する
第59条第3項は、危険または有害な業務で省令に定めるものに労働者を就かせるときは、その業務に関する安全衛生のための特別の教育を行わなければならないと定めています。対象業務は省令に列挙されており、該当すれば教育を修了するまでその業務に就かせられません。
建設現場で登場しやすい代表例を挙げます。網羅ではありませんので、自社の作業内容に照らして省令の列挙を確認してください。
| 業務の例 | 位置づけの目安 |
|---|---|
| 足場の組立て、解体、変更の作業 | 特別教育 |
| 研削といしの取替えまたは試運転 | 特別教育 |
| アーク溶接の作業 | 特別教育 |
| 低圧の充電電路の敷設・修理等の電気取扱業務 | 特別教育 |
| ローラーの運転 | 特別教育 |
| 高所作業でフルハーネス型の墜落制止用器具を使用する作業 | 特別教育 |
| 酸素欠乏危険場所における作業 | 特別教育 |
| 石綿が使用されている建築物等の解体等の作業 | 特別教育 |
特別教育は事業者が自ら行うこともでき、登録教習機関などの外部に委託することもできます。自社で行う場合は、科目・時間・講師の要件を満たす必要があります。また、十分な知識と技能を持っていると認められる労働者については、一部科目を省略できる扱いが省令に置かれています。省略を使うときは、その根拠を記録に残してください。
特別教育を行ったときは、受講者・科目等の記録を作成し、一定期間保存することが省令で義務づけられています。保存期間は省令に定めがありますので、様式を作る前に条文を確認してください。実務としては、保存期間にかかわらず在職中は保管しておくほうが、配置の判断に使えます。
就業制限と作業主任者:教育では足りない業務
特別教育で足りる業務と、免許や技能講習が必要な業務は別物です。第61条は、政令で定める業務については、免許を受けた者や技能講習を修了した者などでなければ就業させてはならないと定めています。教育を社内で行っても代替できません。
同じ機械でも、能力や規模によって必要な資格が変わります。代表的な区分の考え方を整理します。具体的な数値区分は政令・省令に定めがありますので、機種ごとに必ず原文で確認してください。
| 業務 | 規模が大きい場合 | 規模が小さい場合 |
|---|---|---|
| 移動式クレーンの運転 | 免許 | 技能講習または特別教育 |
| 玉掛け | 技能講習 | 特別教育 |
| 車両系建設機械(整地・運搬・積込み用等)の運転 | 技能講習 | 特別教育 |
| 高所作業車の運転 | 技能講習 | 特別教育 |
| フォークリフトの運転 | 技能講習 | 特別教育 |
あわせて、第14条の作業主任者があります。政令で定める作業については、免許を受けた者または技能講習を修了した者のうちから作業主任者を選任し、作業の指揮などを行わせなければなりません。建設業では、地山の掘削、土止め支保工、型枠支保工、足場の組立て等、建築物等の鉄骨の組立て等、酸素欠乏危険作業、石綿作業などが挙がります。ここでも「高さ何メートル以上」といった適用範囲が政令で決まっていますので、工事ごとに確認が必要です。
人事の視点では、作業主任者になれる有資格者が社内に何人いるかが、受注できる工事の幅と直結します。資格者の年齢構成を把握し、退職予定者が出る前に後任の技能講習受講を計画に組み込んでください。
職長等教育:建設業では避けて通れない
第60条は、政令で定める業種の事業者は、新たに職務に就くこととなった職長その他の作業中の労働者を直接指導または監督する者(作業主任者を除く)に対し、安全衛生のための教育を行わなければならないと定めています。建設業はこの対象業種に含まれます。
条文が挙げる教育事項は、作業方法の決定および労働者の配置に関すること、労働者に対する指導または監督の方法に関すること、そして省令で定める事項です。省令側では、危険性または有害性等の調査およびその結果に基づき講ずる措置に関すること、異常時等における措置に関すること、その他現場監督者として行うべき労働災害防止活動に関することが定められています。科目ごとの時間数も省令に定めがありますので、外部講習を選ぶ際はカリキュラムが要件を満たしているかを確認してください。
対象者を取り違えない
「職長」という肩書きの有無ではなく、作業中の労働者を直接指導・監督する立場かどうかで判断します。班長、リーダー、世話役といった呼び方でも、実態が該当すれば対象です。逆に、作業主任者は第14条の資格取得の過程で必要な教育を受けているため、第60条の対象から除かれています。
安全衛生責任者との関係
建設現場では「職長・安全衛生責任者教育」という名称の講習がよく使われます。安全衛生責任者は第16条に基づき、統括安全衛生責任者を選任すべき事業者以外の請負人、つまり下請会社が選任するものです。統括安全衛生責任者との連絡や、その連絡事項の関係者への伝達などを行います。職長教育と安全衛生責任者向けの教育をまとめて受講させる運用が一般的ですので、下請として現場に入る会社は、職長候補に両方を含む講習を受けさせておくと配置がしやすくなります。
再教育の扱い
第19条の2は、安全衛生の水準向上のため、労働災害防止のための業務に従事する者に対して能力向上のための教育等を行うよう努めることを事業者に求めています。職長についても、一定期間ごとの再教育が行政の指針・通達で示されています。頻度や内容は公表資料で確認してください。義務ではありませんが、現場のルールが変わったときや、自社で災害が発生したときは、実施の適否を検討する場面です。
記録と証明:人事が持つべき台帳
教育を行ったこと自体は、記録がなければ説明できません。次の三つを分けて管理してください。
- 教育記録:雇入れ時教育、作業内容変更時教育、職長等教育の実施日、対象者、科目、講師、時間
- 修了証:技能講習修了証、免許証、特別教育の修了を示す書面。写しを人事で保管し、原本は本人が携帯
- 資格台帳:氏名、資格名、取得日、有効期限や再教育の目安、次回の受講予定
資格台帳は表計算ソフトで十分ですが、更新の責任者を決めないと必ず放置されます。新規取得があったら人事に報告する運用を、社内規程か就業規則の付属規程に書いておくと定着します。
CCUS(建設キャリアアップシステム)を利用している場合は、技能者の保有資格・受講履歴を登録しておくと、現場での確認が早くなります。社内台帳とCCUSの登録内容がずれていないか、年に一度は突き合わせてください。
年間の教育計画をつくる手順
- 4月から6月に、翌年度分の受注見込みと配置計画を営業・工務から集める
- 必要になる資格者(作業主任者、就業制限業務の有資格者)の人数を職種別に出す
- 現在の資格台帳と突き合わせ、不足数と、退職・異動で失われる見込みを算出する
- 特別教育・技能講習・職長等教育の受講予定者を氏名で決める
- 教習機関の開催日程を確認し、繁忙期を避けて受講月を割り当てる
- 受講費用と、受講日の賃金・旅費を予算化する
- 四半期ごとに実施状況を点検し、未受講者を翌四半期に繰り越す
計画は「人数」ではなく「氏名」まで落とすことが肝心です。人数だけの計画は、現場が忙しくなると必ず後回しになります。
よくあるつまずき
- **入社日に教育を行わず、翌週の現場配属日にまとめて行う。**先に軽作業へ就かせている時点で、就業前教育の要件を満たしていません。初日に実施し、記録に日付を残してください。
- **配置転換のときに何もしない。**第59条第2項の作業内容変更時の教育が抜けがちです。土木から建築、施工管理から現場作業への異動など、扱う機械や有害物が変わるときは対象になります。
- **職長候補を「昇格の少し後」に受講させる。**第60条は、新たに職務に就くこととなった者への教育です。昇格辞令の前に受講を終える段取りにしてください。
- **修了証の有効性を確認しないまま協力会社の作業員を受け入れる。**氏名と写真、修了区分、機種の範囲まで確認します。特に、技能講習と特別教育で扱える範囲が違う機械は要注意です。
- **教育記録が現場事務所にしかない。**工事が終わると散逸します。写しを本社人事で集約してください。
- **自社で特別教育を行っているが、科目・時間・講師要件を満たしているか検証していない。**社内実施は可能ですが、要件を満たさなければ未実施と同じです。カリキュラムを文書化しておいてください。
- **教育時間を無給扱いにしている。**事業者の義務として行う教育です。賃金の取扱いを就業規則で明確にしてください。
定着・育成の観点から見た使い方
法定教育は「やらされる義務」で終わらせると、コストにしか見えません。入社直後に受講計画を本人に示し、いつどの資格を取るのかを見せると、若手にとっては成長の道筋になります。特別教育、技能講習、職長等教育という段階は、そのまま社内の等級や役割と対応づけやすい構造です。
面談の場では、「次に受けてもらう講習」と「それによって任せる作業」をセットで伝えてください。教育を配置と結びつけて説明できる会社は、入社後の見通しが立ちやすく、早期離職の抑制につながります。なお、受講費用を会社が負担したうえで退職時に返還を求める設計は、労働基準法上の論点があります。制度を作る場合は個別に専門家へ相談してください。
まとめ
- 教育義務を負うのは事業者です。下請の労働者への教育は下請が行い、元請は指導と確認の責任を負います
- 雇入れ時と作業内容変更時の教育は全員が対象で、就業前に行います
- 危険有害業務は、特別教育で足りるものと、免許・技能講習が必要なものに分かれます。規模や能力で区分が変わるため、機種ごとに原文で確認します
- 建設業では職長等教育が義務です。対象は肩書きではなく、直接指導・監督する立場かどうかで判断します
- 教育記録と資格台帳を人事で集約し、年間計画は氏名まで落として運用します
本記事は労働安全衛生法の規定を実務の順序に整理したものです。具体的な対象業務・科目・時間・保存期間は政令および厚生労働省令に定めがあります。適用の判断に迷う場合は、条文と行政の公表資料を確認し、必要に応じて労働基準監督署や専門家に相談してください。
出典:労働安全衛生法
出典
- 労働安全衛生法
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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