経験年数と賃金の関係を統計で確かめる手順
人事ノートこの記事で扱う範囲
中途採用のオファー金額を決めるとき、「経験10年ならいくらか」という問いが必ず出ます。社内の前例だけで決めると、既存社員との逆転や、他社との比較で見劣りする金額になりがちです。そこで、社外の物差しとして厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を使います。
この記事では、統計の数値そのものを紹介するのではなく、自社で数字を取り出して自社データと突き合わせる手順を扱います。公表値は年によって更新されるため、実際の金額は必ず最新の公表資料で確認してください。
扱う場面は次の3つです。
- 中途採用のオファー金額の上限・下限を決める
- 求人票の年収レンジの根拠を持つ
- 賃金表の各等級の水準が、経験年数の伸びに見合っているかを点検する
賃金構造基本統計調査で分かること
この調査は、事業所を対象に、毎年6月分の賃金を調べるものです。労働者一人ひとりの属性(性別、年齢、勤続年数、雇用形態、役職、学歴、職種など)とあわせて賃金が集計されるため、属性別の水準を見ることができます。公表の時期や集計表の構成は年により変わることがあるので、公表資料の目次で確認してください。
賃金の3つの指標を混同しない
最初につまずくのが指標の名前です。次の3つを区別してください。
| 指標 | 中身 | 使いどころ | 注意 |
|---|---|---|---|
| きまって支給する現金給与額 | 6月分に支給された、超過労働給与額を含む現金給与 | 残業を含めた実際の月収感覚に近い比較 | 残業の多寡で水準が動く |
| 所定内給与額 | きまって支給する現金給与額から超過労働給与額を差し引いた額 | 基本給と固定手当の水準を比べる | 通勤手当などの扱いは定義の確認が必要 |
| 年間賞与その他特別給与額 | 前年1年間に支給された賞与や特別給与 | 年収に換算するときに加える | 前年実績である点に注意 |
年収に換算する式は次の2通りです。目的に応じて使い分けます。
- 残業込みの年収=きまって支給する現金給与額×12+年間賞与その他特別給与額
- 残業を除いた年収=所定内給与額×12+年間賞与その他特別給与額
求人票に「月給」を書くときは、自社の月給に何が含まれるかと、統計のどちらの指標を見ているかを合わせます。固定残業代を含む月給と、所定内給与額を並べて比べると、自社が高く見えてしまいます。
勤続年数と経験年数は同じではない
ここが最も誤解の多いところです。統計で属性として整理されているのは、原則としてその企業での勤続年数です。転職で積み上げた業界経験の合計とは意味が違います。
| 項目 | 勤続年数 | 経験年数(業界・職種の通算) |
|---|---|---|
| 数え方 | 現在の企業に入社してからの年数 | 他社在籍分も含めた通算年数 |
| 中途入社者の扱い | 入社時点で0年に戻る | 前職分を引き継ぐ |
| 自社での用途 | 昇給・退職金・在籍年数管理 | 中途採用のオファー、等級格付け |
| 統計での扱い | 勤続年数階級別の集計が基本 | 集計表によって扱いが異なるため、表の脚注と用語の定義を確認する |
中途採用が多い職種では、勤続年数の階級だけを見ると水準を読み違えます。勤続が短くても経験が長い人が混ざるためです。実務では、年齢階級別の数値を経験年数の代理として併用する方法が現実的です。学卒後すぐ業界に入り、その後も同じ職種を続けた人を想定すれば、年齢からおおよその経験年数を推定できます。ただし、これはあくまで推定です。社内で使うときは「年齢を代理指標として使った」と明記してください。
統計から数字を取り出す手順
順番に進めます。担当は人事の担当者1名で足りますが、賃金表に反映する段階では管理職と経営層の判断が要ります。
- 目的を1つに決める。 オファー金額の目安づくりなのか、賃金表の点検なのかで、見る指標も絞り込み方も変わります。両方を同時にやろうとすると集計が散らかります。
- 公表資料の集計表を選ぶ。 産業別の表、職種別の表、企業規模別の表があります。建設業の技術者は職種別の表で扱われることがあるため、産業「建設業」の全体値と、職種別の値の両方を見ます。
- 絞り込み条件を決めて記録する。 産業、企業規模、性別、雇用形態(一般労働者か短時間労働者か)、学歴、年齢階級または勤続年数階級を決めます。決めた条件は後述の様式に残します。
- 年収に換算する。 前掲の式で計算します。月額のままで自社の年収と比べると、賞与の分だけ差が出ます。
- 自社の実額を同じ切り口で集計する。 統計と同じ属性区分で自社の在籍者を並べます。区分が違うと比較になりません。
- 差の理由を言葉にする。 「高い・低い」で終わらせず、地域、企業規模、残業時間、賞与の支給月数など、差の要因を1行ずつ書き出します。
絞り込み条件は、次の様式で残しておくと、翌年の更新時に同じ作業を再現できます。
| 記録項目 | 記入例の考え方 |
|---|---|
| 使用した調査年 | 何年の結果を使ったか |
| 集計表の名称 | 産業別か職種別かが分かる名称 |
| 産業・職種 | 建設業、または該当する職種名 |
| 企業規模区分 | どの規模区分を採用したか |
| 性別・雇用形態 | 男女計か、一般労働者か |
| 年齢または勤続の区分 | どの階級を抜き出したか |
| 使用した指標 | 所定内給与額かきまって支給する現金給与額か |
| 年収換算の式 | 賞与を含めたかどうか |
自社データの棚卸し
統計と突き合わせる前に、自社側の数字を作ります。人事情報から次の項目を1人1行で並べます。個人が特定されない形で集計し、共有範囲は限定してください。
| 列 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 社員番号 | 個人名は使わない | 人事システム |
| 年齢 | 基準日時点 | 人事情報 |
| 入社年月 | 勤続年数の算出用 | 人事情報 |
| 業界経験年数 | 前職分を含む通算 | 履歴書・職務経歴書 |
| 職種 | 施工管理、設計、事務など | 配属情報 |
| 等級・役職 | 賃金表の位置 | 人事情報 |
| 所定内賃金月額 | 固定残業代を含むか別列で管理 | 給与データ |
| 直近1年の賞与 | 支給実績 | 給与データ |
| 年収 | 残業込みと残業抜きの2種類 | 計算 |
業界経験年数は、採用時の書類にしか残っていない会社が多いところです。今後の採用で必ず入力する運用に変えると、翌年以降の分析が楽になります。既存社員については、分かる範囲で入力し、不明は空欄にして件数を数えておきます。
読み取った差を、どこに反映するか
中途採用のオファー金額
統計値をそのまま提示額にはしません。次の順で幅を決めます。
- 統計から、対象年齢層の年収水準を出す
- 自社の同年齢層・同等級の在籍者の実額分布を出す
- 両者の重なる範囲を「標準レンジ」とする
- 資格保有や特定工種の経験に対する加算幅を決める
- 既存社員との逆転が起きる金額を「要決裁ライン」として定める
4と5は経営層の判断が必要です。採用が始まってから個別に相談すると意思決定が遅れます。採用計画を立てる段階で、加算幅と要決裁ラインを先に決めておいてください。
賃金表の点検
等級ごとの上限・下限を、想定する経験年数の水準と並べます。点検の観点は3つです。
- 経験年数が上がっても賃金がほとんど上がらない区間がないか
- 等級間で金額の重なりが大きすぎ、昇格の意味が薄れていないか
- 中途入社者の格付けが、生え抜き社員の同年齢層と大きくずれていないか
ずれが見つかっても、賃金表の改定は労働条件の変更にあたります。不利益変更となる可能性のある見直しは、就業規則の変更手続きや労働者との合意の要否を含め、社会保険労務士や弁護士に相談してください。
よくあるつまずき
- 平均値だけを見る。 公表されているのは主に平均です。自社の分布と比べるときは、自社側も平均を出し、あわせて中央値と最小・最大を見ます。平均だけの比較は、少数の高額者に引っ張られます。
- 企業規模を合わせない。 規模区分によって水準は変わります。自社の規模に近い区分を選ばず全体値と比べると、判断を誤ります。
- 残業代の扱いがそろっていない。 自社は固定残業代込みの月給、統計は所定内給与額、という比較をしてしまう例が多くあります。どちらの指標かを必ず記録します。
- 賞与の期間がずれる。 年間賞与は前年1年間の実績です。自社の直近実績と時点が合わないことがあります。
- 建設業という産業分類の中身を意識しない。 産業「建設業」には、技術者だけでなく事務職や技能者も含まれます。職種別の表とあわせて見ないと、施工管理職の水準としては読めません。
- 短時間労働者と一般労働者を混ぜる。 集計区分が分かれています。どちらを見ているか確認してください。
- 調査年を混在させる。 前年の資料と今年の資料を混ぜて表を作ると、社内で説明できなくなります。使用した調査年を1つに統一します。
- 地域差を無視する。 全国値と自社の所在地の水準は一致しません。都道府県別の集計がある場合は、そちらも確認してください。
年間の進め方
| 時期 | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 公表資料の更新後 | 最新年の数値に差し替え、前年との変化を1枚にまとめる | 人事担当者 |
| 更新から2週間以内 | 自社データを同じ区分で再集計し、差の一覧を作る | 人事担当者 |
| 採用計画の策定時 | オファーの標準レンジ、加算幅、要決裁ラインを決裁 | 人事責任者・経営層 |
| 賃金改定の検討時 | 等級ごとの水準と経験年数カーブを点検し、論点を提出 | 人事責任者 |
| 通年 | 新規採用者の業界経験年数を人事情報に入力 | 人事担当者 |
作業そのものは半日から1日で終わります。難しいのは集計ではなく、差が出たときにどう扱うかを事前に決めておくことです。決め方を決めずに数字だけ出すと、資料が回覧されて終わります。
まとめ
- 賃金構造基本統計調査は、属性別の賃金水準を確かめる社外の物差しとして使えます。
- 指標は3つあり、年収換算の式と自社の給与構成をそろえてから比べます。
- 統計の基本は勤続年数であり、業界経験年数とは別物です。年齢階級を代理指標として使う場合は、その旨を明記します。
- 自社側は、経験年数を含む1人1行のデータを作り、統計と同じ区分で集計します。
- 数字を出す前に、オファーの加算幅と要決裁ラインを決めておきます。
- 賃金表の改定に踏み込む場合は、手続きの要否を専門家に確認してください。
具体的な金額や集計表の構成は年ごとに変わります。実際に使う数値は、必ず最新の公表資料で確認してください。
出典
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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