毎月勤労統計調査で建設業の労働時間を確かめる手順
人事ノート労働時間の話は、社内だけで議論すると「うちは多い気がする」「他社もこんなものだろう」という感覚論になりがちです。時間外労働の上限規制が建設業にも適用され、求職者からも労働時間を問われる場面が増えました。そこで役に立つのが、厚生労働省が毎月公表している「毎月勤労統計調査」です。この記事では、統計そのものの解説ではなく、人事が自社の数値と突き合わせて判断するための手順を示します。
この調査で何が分かるのか
毎月勤労統計調査は、賃金・労働時間・雇用の動きを毎月とらえるための基幹統計です。産業別の集計が公表されており、日本標準産業分類にもとづく「建設業」の区分があります。人事が使う場面では、次の項目を見ることになります。
- 総実労働時間:所定内労働時間と所定外労働時間を合計した時間
- 所定内労働時間:あらかじめ定められた労働時間のうち実際に働いた時間
- 所定外労働時間:所定の時間を超えて働いた時間。いわゆる残業に近い概念
- 出勤日数:1か月あたりの出勤した日数
- 常用労働者数、パートタイム労働者比率
いずれも「1人あたりの月間平均」として公表されます。ここが最初のつまずきどころです。個々の労働者の実態ではなく、その産業に属する事業所の平均であるため、自社の特定の部署や特定の月と直接比べても、意味のある差が出ません。比較のしかたは後の章で整理します。
調査の対象と区分を先に押さえる
公表される数値には、いくつもの区分があります。どの区分の数字を見ているのかを取り違えると、社内で説明したときに数字が合わなくなります。主な区分は次のとおりです。
| 区分の軸 | 分かれ方 | 人事が注意する点 |
|---|---|---|
| 事業所規模 | 5人以上、30人以上 など | 規模により労働時間の水準が異なります。自社の規模に近い区分を選びます |
| 就業形態 | 就業形態計、一般労働者、パートタイム労働者 | パートタイムを含む「計」は労働時間が短めに出ます |
| 産業 | 産業計、建設業、その他の産業 | 建設業の中の職種別内訳は公表区分にないため、職種比較には使えません |
| 集計の種類 | 全国調査、地方調査 | 都道府県別の数値を見るときは地方調査の位置づけを確認します |
| 数値の性格 | 実数、前年同月比、季節調整値 | 月ごとの比較には季節性の影響が出ます |
実務で最初に決めるのは、事業所規模と就業形態の二つです。技術系正社員が中心の会社が「就業形態計」の数値と比べると、パートタイム労働者の短い労働時間に引きずられて、自社が長時間に見えてしまいます。技術者の労働時間を論じるなら、一般労働者の数値を見るほうが実態に近づきます。
確報と速報の違い
毎月勤労統計調査は、速報が先に公表され、その後に確報が公表されます。数値は確報で改定されることがあります。社内資料や求人の説明資料に引用するときは、どの時点の公表値を使ったのかを資料の中に書き残してください。後から数字が変わったときに、資料を作り直すべきか判断できます。また、標本の入替えや過去にさかのぼった改定が行われることもあります。長期の推移を作るときは、公表資料の注記を必ず読んでください。
数値を取りに行くまでの手順
以下は、担当者がそのまま進められる順序です。四半期に一度、同じ手順で更新することを想定しています。
- 目的を1行で書く。例:「自社の施工管理職の月間所定外労働時間が、建設業の平均と比べてどの位置にあるかを把握する」
- 比較する区分を決める。事業所規模(自社に近い区分)、就業形態(一般労働者)、産業(建設業)を紙に書き出す
- 厚生労働省が公表している毎月勤労統計調査の結果から、対象月の数値を控える。総実労働時間、所定内労働時間、所定外労働時間、出勤日数の4つを最低限そろえる
- 同じ月の前年の数値も控える。単月では判断できないため、前年同月と並べる
- 直近12か月分を一覧にする。季節の山谷を見るためです
- 自社の同じ期間の数値を、同じ定義で集計する(次章参照)
- 差を計算し、差が生じる理由の仮説を3つまで書く
- 経営会議や求人の見直しに使う形へ落とし込む
この手順で重要なのは、6の「同じ定義で集計する」です。ここを飛ばすと、比較そのものが成り立ちません。
自社の数値を統計と同じ定義でそろえる
自社の勤怠データは、統計の定義とずれていることがほとんどです。よくあるずれを整理します。
| ずれの原因 | 社内でありがちな扱い | そろえ方 |
|---|---|---|
| 対象者の範囲 | 役員や個人事業主を含めて集計している | 常用労働者に限定して集計します |
| 就業形態 | 正社員とパートを合算している | 一般労働者とパートタイム労働者を分けて集計します |
| 所定外の範囲 | 休日労働を所定外に入れていない | 統計の定義を確認し、社内の集計方法をそろえます |
| 対象期間 | 給与締め日ベースで月をまたいでいる | 締め日ベースであることを明記し、注釈を残します |
| 出勤日数 | 有給休暇取得日を出勤に含めている | 実際に出勤した日数に統一します |
| 事業所単位 | 全社合算のみで出している | 現場・支店単位でも出せるようにします |
特に見落としが多いのが出勤日数です。総実労働時間は、1日あたりの労働時間と出勤日数の掛け算で決まります。総実労働時間だけを見て「うちは長い」と結論づけると、実は出勤日数が多いことが原因だった、という誤診が起きます。1日あたり労働時間(総実労働時間 ÷ 出勤日数)まで計算して、どちらの要因かを切り分けてください。
切り分けの計算例
仮に自社と統計の総実労働時間に差があったとします。次の3つを並べると、原因が見えます。
- 総実労働時間の差
- 出勤日数の差
- 1日あたり労働時間の差(総実労働時間 ÷ 出勤日数)
出勤日数の差が大きいなら、週休二日の運用や現場の稼働日設定を見直す議論になります。1日あたりの差が大きいなら、1日の業務量や朝礼から片付けまでの時間配分の議論になります。打ち手がまったく変わりますので、必ず分けて見てください。
読み違えやすい点
平均値であることを忘れない
公表されるのは平均です。建設業の中には、事務職も、営業職も、現場の技能者も、施工管理者も含まれます。労働時間が長い層と短い層が混ざった平均ですから、自社の施工管理職だけを取り出して平均と比べれば、差が出るのは当然です。統計は「業界全体の位置」を示すもので、「同職種の標準」を示すものではありません。この点は、社内で数字を出すときに必ず一言添えてください。
月ごとの変動が大きい
建設業の労働時間は、年度末の工期集中や、暦の並び、天候の影響を受けます。単月の増減で一喜一憂しないでください。12か月の推移と、前年同月比の両方を見るのが基本です。季節調整済みの数値が公表されている項目については、その位置づけを公表資料で確認したうえで使ってください。
上限規制の判定には使えない
時間外労働の上限規制は、個々の労働者ごとに、月単位・年単位で判定するものです。統計の平均値は、規制の適合判定には一切使えません。統計は現状把握と説明のための道具であり、法令遵守の確認は自社の勤怠記録で行います。ここを混同すると重大な誤りにつながりますので、資料上でも役割を分けて書いてください。
賃金の数値と混ぜない
毎月勤労統計調査には、現金給与総額や所定外給与などの賃金項目も含まれます。労働時間の資料に賃金の数値を並べると、論点がぼやけます。賃金水準の議論は別の資料として整理し、労働時間の資料は労働時間だけで完結させると、意思決定が早くなります。
社内でどう使うか
経営会議への報告
四半期ごとに、次の構成で1枚にまとめると議論が進みます。
- 直近12か月の自社の総実労働時間・所定外労働時間・出勤日数の推移
- 同じ期間の建設業(該当規模・一般労働者)の数値
- 差の推移と、1日あたり労働時間での切り分け
- 差が拡大・縮小した月の社内要因(受注の山、応援体制、欠員など)
- 次の四半期に打つ手と、その担当者・期限
5まで書かないと、報告で終わります。「誰が・いつまでに」を必ず入れてください。
採用活動での使い方
求人票や面接で労働時間の話が出たとき、統計を持ち出して「業界平均より短い」と言い切るのは避けたほうがよいです。平均の中身が自社と同じではないからです。使うとすれば、次のような言い方になります。
- 自社の実績値を、期間と対象範囲を明示して伝える
- 統計は「業界の全体像」として補足的に触れる
- 部署や現場ごとの差があるなら、隠さずに幅で伝える
労働時間は入社後に必ず本人が体感します。実態と違う説明は、早期離職に直結します。求人票に書く時間外労働の目安についても、直近の実績にもとづいた数値を使ってください。
労使での話し合いの材料
36協定の締結や見直しの場面でも、業界全体の水準を共有すると議論の前提がそろいます。ただし、統計を「他社もこの程度だから問題ない」という結論の根拠に使わないでください。上限規制は法定の基準であり、業界平均とは無関係です。統計は課題の大きさを共有するための材料として使い、対策の中身は自社の業務プロセスから設計します。
更新と保管のルールを決める
統計を使った資料は、作りっぱなしになりがちです。次のルールを社内で決めておくと、担当者が代わっても続きます。
| 項目 | 決めておく内容 |
|---|---|
| 更新頻度 | 四半期ごと、など具体的に決めます |
| 担当 | 人事の誰が作り、誰が確認するかを決めます |
| 記録する情報 | 使った公表値の対象月、速報か確報か、区分(規模・就業形態) |
| 保管場所 | 過去分をさかのぼれる場所に、通し番号をつけて保管します |
| 改定への対応 | 過去にさかのぼった改定があった場合の作り直しの要否 |
公表値の対象月と区分を記録に残していないと、半年後に「この数字はどこから取ったのか」が分からなくなります。作成日と出典名を資料の末尾に必ず入れてください。
よくあるつまずき
- 区分を混ぜてしまう:ある月は5人以上、別の月は30人以上の数値を見てしまい、推移が不自然に動く。最初に決めた区分を資料に固定して書いておきます。
- パートタイムを含む数値と正社員だけの自社数値を比べる:自社が長く見えます。就業形態をそろえます。
- 単月の前月比で結論を出す:暦日数や天候で動きます。前年同月比と12か月推移を併記します。
- 出勤日数を見ずに総実労働時間だけで議論する:打ち手を誤ります。1日あたりに割り戻します。
- 統計を法令遵守の証拠に使う:上限規制の判定は個人ごとの勤怠記録で行います。
- 速報値をそのまま長期資料に残す:確報で改定される可能性があります。どちらの値かを明記します。
- 建設業の中の職種別内訳を探し続ける:公表区分にない切り口を求めても見つかりません。必要な職種別の情報は、自社データや別の統計で補います。
まとめ
毎月勤労統計調査は、建設業の労働時間の全体像を月次でとらえるための基幹統計です。人事の実務では、次の順で使うと迷いません。
- 比較する区分(事業所規模・就業形態)を先に決める
- 総実労働時間・所定内・所定外・出勤日数の4項目をそろえる
- 自社データを同じ定義で集計する
- 1日あたり労働時間まで割り戻して原因を切り分ける
- 打ち手と担当者、期限まで書いて資料を閉じる
数値の定義や公表の区分、改定の扱いは、公表資料の注記に詳しく書かれています。資料を作る前に、必ず該当する回の公表資料と注記を確認してください。労働時間の管理や上限規制の適用について個別の判断が必要な場合は、社会保険労務士など専門家に相談することをおすすめします。
出典
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査」
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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