建設業のストレスチェック 実施義務と進め方
人事ノートストレスチェックは、労働安全衛生法にもとづく制度です。労働者のメンタルヘルス不調を未然に防ぐこと(一次予防)が目的で、不調者を見つけて選別するための制度ではありません。この前提を人事が理解していないと、結果の取り扱いで法令違反になりかねません。
この記事では、制度の骨組みを確認したうえで、作業所が分散し、直行直帰や出張が多い建設業でどう回すかを、年間の順序に並べて整理します。
制度の骨組みを先に押さえる
ストレスチェックは、労働安全衛生法第66条の10に定められています。事業者に課される内容の中心は次の4つです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 実施義務の対象 | 常時50人以上の労働者を使用する事業場 |
| 実施の頻度 | 1年以内ごとに1回 |
| 検査の内容 | 職場での心理的な負担の原因、心身の自覚症状、職場の他の労働者による支援の3つの領域に関する項目 |
| 実施後の対応 | 結果を本人に通知し、高ストレス者から申出があれば医師による面接指導を行う |
実施できる者(実施者)は、医師、保健師のほか、厚生労働省令で定める研修を修了した看護師、精神保健福祉士などです。誰を実施者にできるかは規則で限定されているため、社内の衛生管理者や人事担当者が実施者になることはできません。
検査項目については、国が標準的な調査票を示しています。項目数や具体的な設問は改定されることがあるため、実施の前に公表資料で最新のものを確認してください。
労働者には受検義務がない
事業者には実施義務がありますが、労働者に受検を強制することはできません。受けなかったことを理由に不利益な取り扱いをすることも認められません。したがって、人事の仕事は「全員に受けさせること」ではなく、「受けやすい状態をつくること」になります。受検率が低いときに、未受検者の氏名を管理職に配って督促させるようなやり方は避けてください。
事業者は本人の同意なく個人の結果を見られない
ストレスチェックの結果は、実施者から本人に直接通知されます。事業者が個人ごとの結果を取得するには、本人の同意が必要です。ここを取り違えて、外部委託先から個人結果の一覧を受け取ってしまう例があります。契約前に、誰に何が渡るのかを確認してください。
「常時50人以上」をどの単位で数えるか
建設業でいちばん迷うのがここです。人数は会社全体ではなく、事業場ごとに数えます。事業場は、場所的に独立し、組織として一定の独立性を持つ単位で判断されます。
| 単位 | 考え方 |
|---|---|
| 本社・本店 | 独立した事業場として数えます |
| 支店・営業所 | 場所が離れ、人事や経理などの運営が一定程度独立していれば独立した事業場として数えます |
| 工事現場(作業所) | 規模が大きく、所長のもとで独立して運営されているものは独立した事業場として扱われることがあります |
| 小規模な作業所 | 独立性が乏しい場合は、直近上位の事業場(支店など)に含めて数えます |
判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署に確認するのが確実です。安全衛生管理体制(衛生管理者や産業医の選任)と同じ単位で考えることになるため、すでに選任状況が整理されている会社は、その区分をそのまま使えます。
「常時使用する労働者」に誰が入るか
人数の数え方も確認が必要です。常時使用する労働者には、正社員だけでなく、次の条件を満たすパート・アルバイト・契約社員も含まれます。
- 契約期間の定めがない、または1年以上の契約期間である(更新により1年以上使用される見込みを含む)
- 1週間の所定労働時間が、同じ事業場の同種の業務に従事する通常の労働者の4分の3以上である
派遣労働者については、ストレスチェックの実施義務は派遣元にあります。派遣先は、集団分析や職場環境の改善の場面で協力する立場になります。下請の労働者も同様で、実施義務は雇用している下請の事業者にあります。元請が下請の労働者分をまとめて実施する義務はありませんが、現場の実態として、元請の指示や工程が下請作業員のストレス要因になっていることは珍しくありません。集団分析の結果を安全衛生協議会の議題にするなど、現場単位での改善につなげる余地があります。
50人未満の事業場の扱いと、義務化の動き
現在、常時50人未満の事業場では、ストレスチェックの実施は努力義務です。ただし、この規模の事業場にも実施を義務づける方向で法律が改正されています。施行日は経過措置を含めて段階的に定められるため、自社に適用される時期は必ず公表資料で確認してください。この記事では日付を示しません。
義務化を待たずに準備しておくとよいことは、規模にかかわらず共通です。
- 会社全体で事業場を洗い出し、それぞれの常時使用する労働者数を確定する
- 50人未満の事業場について、実施者(医師・保健師など)をどう確保するか検討する
- 面接指導を担う医師をどこに依頼するか決める(産業医がいない事業場では、地域産業保健センターの利用が想定されています)
- 結果の取り扱いに関する社内ルールを、規模の大小に関係なく1本にまとめておく
小規模事業場ほど、集団分析の単位が小さくなり、個人が特定されやすくなります。義務化に備えるなら、分析の単位をどう設定するかを先に決めておくと、実施後に慌てずに済みます。
年間の進め方(順序と担当)
実施義務がある事業場を前提に、1年の流れを並べます。時期は自社の年度に合わせて読み替えてください。
| 段階 | やること | 主な担当 |
|---|---|---|
| 1. 準備 | 衛生委員会で実施方法を調査審議し、社内規程として文書化する | 人事・衛生管理者 |
| 2. 体制決定 | 実施者と実施事務従事者を決め、名前を明示する | 人事・産業医 |
| 3. 対象確定 | 事業場ごとに対象者名簿を作る(出向者・休職者の扱いも決める) | 人事 |
| 4. 周知 | 目的、方法、結果の取り扱い、不利益取り扱いをしないことを全員に伝える | 人事・各所長 |
| 5. 実施 | 1年以内ごとに1回、検査を行う | 実施者 |
| 6. 結果通知 | 実施者から本人へ直接通知する | 実施者 |
| 7. 申出受付 | 高ストレス者から面接指導の申出を受け付ける | 実施事務従事者 |
| 8. 面接指導 | 申出があった労働者に医師による面接指導を行う | 産業医など |
| 9. 意見聴取 | 面接指導を行った医師から就業上の措置に関する意見を聴く | 事業者 |
| 10. 措置 | 必要に応じて労働時間の短縮、配置の変更などを検討・実施する | 事業者・人事 |
| 11. 集団分析 | 部署・職種などの単位で集計・分析し、職場環境の改善に用いる | 人事・衛生委員会 |
| 12. 報告 | 検査結果等報告書を所轄の労働基準監督署に提出する | 人事 |
| 13. 保存 | 結果・面接指導記録を定められた期間(5年間)保存する | 人事・実施者 |
手順のうち、抜けやすいのは9・10・12です。面接指導を実施して終わりにせず、医師の意見を聴き、記録に残してください。労働基準監督署への報告も、実施義務のある事業場では毎年必要です。実施していない場合でも報告が必要になるケースがあるため、提出先と様式は事前に確認してください。
衛生委員会で決めておく項目
実施前に衛生委員会で調査審議すべき事項は多岐にわたります。最低限、次の点は議事録に残してください。
- 実施の目的と、社内での位置づけ
- 実施者・実施事務従事者は誰か
- 実施の時期と方法(紙か、社内システムか、外部委託か)
- 使用する調査票と、高ストレス者を選ぶ基準
- 面接指導の申出の方法と、申出先
- 結果の通知方法
- 結果を事業者に提供することへの同意の取り方
- 集団分析の単位と、結果の共有範囲
- 記録の保存方法と保存場所、アクセスできる者
- 苦情の申出先
- 不利益な取り扱いをしないこと
50人未満の事業場で衛生委員会がない場合は、関係労働者の意見を聴く機会を設けます。朝礼や職場懇談会の場を使い、意見を聴いた事実を記録に残してください。
情報の取り扱いで間違えやすいところ
実施事務従事者に人事権のある者を入れない
実施事務従事者は、調査票の回収や結果の入力など、個人の結果を取り扱う事務を担当します。この役割に、労働者の人事に関して直接の権限を持つ者を就かせることはできません。人事部長や所属長が回収作業を手伝うことも避けてください。総務担当者を充てる場合も、その人が採用・配置・評価の決定に関わっていないかを確認します。
高ストレス者のリストを管理職に渡さない
本人の同意がない限り、事業者は個人の結果を知ることができません。したがって、「高ストレス者が出た部署の所長に注意喚起する」という運用も、実質的に個人が特定されるならできません。改善は集団分析の結果を使って行います。
集団分析の単位を小さくしすぎない
集団分析は努力義務ですが、職場環境の改善につなげるうえで有効です。ただし、集計する単位の人数が少ないと個人が推定されてしまいます。おおむね10人を下回る単位では、原則として全員の同意が必要になると整理されています。作業所単位で分析したい場合は、複数の作業所をまとめる、職種でまとめるなど、単位の設計を先に決めてください。
申出を理由とする不利益取り扱いの禁止
面接指導の申出をしたことを理由に、解雇、雇止め、退職勧奨、不当な配置転換などを行うことは法律で禁止されています。就業上の措置を検討する場合も、医師の意見を踏まえ、本人の意見を聴いたうえで、必要な範囲にとどめてください。「高ストレスだから現場から外す」という一律の判断は、不利益取り扱いと評価される可能性があります。
建設業でつまずきやすい点
直行直帰で受検の機会がない
作業所に常駐し、事務所に立ち寄らない社員は、紙の調査票を配る運びが作れません。実施方法を決める段階で、次のどれで対応するかを決めてください。
- 社内システムや外部の仕組みを使い、各自の端末から回答できるようにする
- 安全大会や全体会議など、全員が集まる機会に合わせて実施する
- 作業所ごとに実施事務従事者を置き、封緘した調査票を回収する
いずれの場合も、回答内容が所長や同僚に見えない状態をつくることが前提です。作業所の共用パソコンで回答させる運用は避けてください。
面接指導の時間と場所を確保できない
申出があっても、現場を離れられないという理由で面接指導が先送りされる例があります。申出から面接指導までの目安期間を社内規程に書き、所長に事前に周知してください。移動負担を減らすため、情報通信機器を用いた面接指導が認められる場合があります。実施の要件が示されているため、運用する前に公表資料で条件を確認してください。
長時間労働者の面接指導と混同する
ストレスチェックにともなう面接指導と、長時間労働者に対する面接指導は別の制度です。後者は、時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合に実施します。建設業では時間外労働の上限規制が適用されており、繁忙期に両方の対象になる社員が出ることがあります。申出の窓口と記録の様式を分けて整理しておくと、抜けが防げます。
実施したが改善につながらない
毎年実施しているが、集団分析の結果を誰も見ていない、という状態はよくあります。分析結果は衛生委員会の議題に載せ、次の3点をセットで決めてください。
- どの部署・職種の、どの要因に課題があるか
- 誰が、いつまでに、何を変えるか
- 翌年の分析で、どの数値を見て効果を確かめるか
工期や人員配置に起因する課題は、人事だけでは解決できません。工程担当や営業を含めた場で扱う必要があります。
社内で使う確認リスト
実施前に、次の項目を一つずつ確認してください。
- 事業場の単位と、事業場ごとの常時使用する労働者数を確定したか
- 実施義務のある事業場と、努力義務の事業場を区別したか
- 実施者と実施事務従事者を決め、人事権のある者が含まれていないか確認したか
- 衛生委員会で調査審議し、議事録に残したか
- 社内規程を作り、全員に周知したか
- 直行直帰の社員が受検できる方法を用意したか
- 面接指導を依頼する医師を確保したか
- 労働基準監督署への報告の担当と時期を決めたか
- 記録の保存場所とアクセス権限を決めたか
制度の細部は省令や指針で定められており、改正されることがあります。とくに小規模事業場への義務化の施行時期、実施者の範囲、報告様式については、実施の直前に公表資料で確認してください。個別の事業場の区分や、就業上の措置の内容については、産業医や社会保険労務士に相談することをおすすめします。
出典
- 労働安全衛生法
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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