労働時間の適正な把握 使用者が講ずべき措置
人事ノート労働時間の管理は、残業代の計算のためだけの作業ではありません。時間外労働の上限規制、年次有給休暇、健康確保のための面接指導は、すべて「労働時間が正しく把握できていること」を前提に組み立てられています。土台が崩れていると、上に載せた制度もすべて揺らぎます。
厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」で、使用者が何をすべきかを示しています。この記事では、その内容を人事の作業順に並べ替え、建設業でつまずきやすい場面を補いながら整理します。個別の事案の判断は、所轄の労働基準監督署や社会保険労務士などの専門家に確認してください。
誰について把握する義務があるのか
ガイドラインは、労働基準法のすべての事業場に適用されます。対象となる労働者の範囲は次のとおりです。
| 区分 | ガイドラインの対象 | 実務上の扱い |
|---|---|---|
| 一般の労働者(技術者、技能者、事務職など) | 対象 | 労働日ごとに始業・終業時刻を確認し記録する |
| 労働基準法第41条に定める者(管理監督者など) | 対象外 | ガイドラインの措置の対象からは外れるが、健康確保の観点から適正な労働時間管理を行う責務がある |
| みなし労働時間制が適用される労働者(事業場外みなしなど) | 対象外 | 同上。みなしの前提が崩れていないかを別に点検する必要がある |
注意したいのは、対象外とされた人について「何もしなくてよい」わけではない点です。ガイドラインは、これらの労働者についても健康確保を図る必要があることから、適正な労働時間管理を行う責務があるとしています。長時間労働者への医師の面接指導など、労働安全衛生法にもとづく労働時間の状況の把握は別に定められています。所長や課長に管理監督者の扱いをしている会社は、名称だけで判断していないか、実態面もあわせて見直してください。
労働時間の考え方と、建設業で迷う場面
ガイドラインは、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とし、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間にあたる、と整理しています。就業規則や賃金規程にどう書いてあるかではなく、実態で判断されます。
ガイドラインが例示しているのは次の三つです。
- 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為や、業務終了後の業務に関連した後始末を事業場内において行った時間。着用を義務づけられた服装への着替えや、清掃などが挙げられています。
- 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機している時間。いわゆる手待時間です。
- 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習などを行っていた時間。
この三つを建設業の場面に当てはめると、判断のポイントが見えてきます。
| 現場でよくある場面 | 見るところ |
|---|---|
| 朝礼前の詰所での着替え、保護具の装着 | 事業場内で義務づけられた準備行為かどうか |
| 朝礼、KY活動、ラジオ体操 | 参加が義務か、任意か。実態として全員参加か |
| 材料待ち、生コン待ち、天候待ちで現場に留まる時間 | 労働から離れることが保障されているか |
| 資格取得の講習、安全大会、社内勉強会 | 参加が業務上義務づけられているか、使用者の指示があるか |
| 現場終了後の写真整理、日報作成、書類仕事 | 業務に関連した後始末を行った時間かどうか |
| 宿舎待機や緊急呼び出しの待機 | 即時に業務に従事することを求められている状態か |
任意参加のはずの勉強会が、事実上全員参加になっているケースは少なくありません。「任意」と書いてあるだけでは足りず、参加しなくても不利益がない運用になっているかを確認してください。
使用者が講ずべき措置の全体像
ガイドラインが求めている措置を、担当者と時期で整理します。
| 措置 | 内容 | 主に担う人 | 時期 |
|---|---|---|---|
| 始業・終業時刻の確認及び記録 | 労働日ごとに始業・終業時刻を確認し、記録する | 現場責任者、所属長 | 毎日 |
| 原則的な方法による確認 | 使用者が自ら現認する、またはタイムカードやICカード、パソコンの使用時間の記録などの客観的な記録を基礎とする | 人事、システム担当 | 制度設計時と見直し時 |
| 自己申告制を採る場合の措置 | 説明、乖離の実態調査と補正、申告を阻害しない運用の確保 | 人事、所属長 | 導入時と毎月 |
| 賃金台帳の適正な調製 | 労働者ごとに労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数などを適正に記入する | 給与担当 | 毎月 |
| 記録の保存 | 労働時間の記録に関する書類を保存する | 人事、総務 | 常時 |
| 労働時間を管理する者の職務 | 労務管理を行う部署の責任者が労働時間管理の適正化を図る | 人事責任者 | 常時 |
| 労使協議組織の活用 | 労働時間等設定改善委員会などを活用し、現状を把握して措置を検討する | 経営、人事 | 年に1回など定期 |
原則は現認か客観的記録 建設業での組み方
ガイドラインは、始業・終業時刻の確認と記録の原則的な方法として、次の二つを挙げています。
- 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
- タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録などの客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること
建設業では、事務所に出勤せず現場へ直行し、現場から直帰する働き方が普通にあります。事務所のタイムカードだけでは記録が取れないため、次のような組み合わせを検討することになります。
- 現場ごとに、始業・終業時刻を確認して記録する責任者を決める。誰が現認するかを、現場の着工時に決めておきます。
- 携帯端末による打刻や、元請が管理する入退場記録、CCUSの就業履歴など、客観的に残る記録を集めておく。これらは在場時間の記録であって労働時間そのものではありませんが、後述する乖離の確認に使えます。
- 直行直帰の場合の打刻の位置づけを社内で決める。移動時間の扱いを含め、どこからが労働時間かを文書化しておきます。
- 現場の所長が変わっても運用が変わらないよう、記録の方法を手順書にする。
複数の記録が並存すると、どれが正式な労働時間の記録なのかが曖昧になります。正式な記録を一つに決め、他は確認用と位置づけてください。
自己申告制を採る場合の五つの措置
やむを得ず自己申告制で把握する場合、ガイドラインは次の措置を求めています。これらを欠いた自己申告制は、ガイドラインが認める運用とは言えません。
| 措置 | 具体的にやること |
|---|---|
| 労働者への説明 | 自己申告制の対象者に、労働時間の実態を正しく記録し適正に申告することなどを十分に説明する |
| 管理者への説明 | 実際に労働時間を管理する者に、自己申告制の適正な運用を含め、講ずべき措置を十分に説明する |
| 乖離の実態調査と補正 | 自己申告の時間と、入退場記録やパソコンの使用時間などから把握した在社時間に著しい乖離があるときは、実態を調査し、必要に応じて労働時間を補正する |
| 申告外の在場時間の理由の確認 | 申告した時間を超えて事業場内にいる時間について理由を報告させる場合、その報告が適正に行われているかを確認する |
| 申告を阻害しない運用 | 適正な申告を阻害する措置を講じてはならない。時間外労働の削減のための社内通達や、手当の定額払、上限時間の設定などが阻害要因になっていないかを確認する |
とくに最後の項目は、建設業で起きやすいところです。ガイドラインは、時間外労働の上限を超えるため記録上はこれを守っているようにすることが慣習的に行われていないかも確認するよう求めています。上限規制が適用されている今、「協定の枠に収まるように申告する」空気が現場にできていないか、人事が確かめる必要があります。
乖離が出たときの調査手順
- 毎月、自己申告の時間と入退場記録などの在場時間を突き合わせ、差の大きい人を抽出する。
- 差が出た日について、本人と所属長の双方に事実を確認する。休憩、自主的な学習、私的な滞在といった理由が実際にそうなのかを見ます。
- 使用者の指揮命令下にあったと判断できる時間は、労働時間として補正する。
- 補正した内容を賃金計算に反映し、記録に残す。
- 同じ現場や同じ所属で繰り返し乖離が出るときは、業務量や人員配置の問題として上位で検討する。
手順4の記録が抜けると、後から経緯を説明できません。補正の判断と理由をセットで残してください。
賃金台帳と記録の保存
ガイドラインは、労働基準法第108条および同法施行規則第54条により、労働者ごとに労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を賃金台帳に適正に記入しなければならないとしています。これらを記入していない場合や、故意に虚偽の労働時間数を記入した場合は、同法第120条にもとづき30万円以下の罰金に処されるとされています。
記録の保存については、同法第109条にもとづく保存を求めています。保存期間の規定は労働基準法の改正で見直されているため、現在の年数は最新の条文と公表資料で確認してください。実務では、労働時間の記録、日報、打刻データ、乖離の調査記録をひとまとめに保存できるようにしておくと確認が早くなります。
給与計算の締めで残業時間の合計だけを台帳に載せ、休日労働と深夜労働を区分していない例が見られます。区分して記入することが求められている点に注意してください。
管理する者の職務と、労使での検討
ガイドラインは、事業場において労務管理を行う部署の責任者が、労働時間管理の適正化に関する事項を把握し、その適正化を図ることを求めています。あわせて、事業場の労働時間管理の状況を踏まえ、必要に応じて労働時間等設定改善委員会などの労使協議組織を活用し、現状を把握のうえで適正化の措置を検討するよう示しています。
建設業では、本社の人事が現場の実態を見えにくい構造にあります。次のような場を年間の予定に組み込んでおくと、把握が形骸化しにくくなります。
- 月次で、乖離の大きい現場と長時間労働者を一覧にして経営に報告する
- 四半期ごとに、現場代理人や職長を集めて記録方法の運用を確認する
- 年に1回、労使の協議組織で労働時間管理の現状と改善策を検討する
よくあるつまずき
- 朝礼前の時間を誰も記録していない。 集合時刻は決まっているのに、打刻は朝礼後になっている運用です。集合してからの準備が義務づけられているなら、その時点からの記録が必要かどうかを整理してください。
- 手待時間を休憩として扱っている。 生コン待ちや天候待ちで現場を離れられない時間を、一律に休憩に振り替えている例があります。労働から離れることが保障されているかが判断の分かれ目です。
- 日報の時間と打刻の時間が違うまま放置されている。 二つの記録が食い違っている状態は、乖離の確認をしていないことの証拠にもなります。どちらが正式な記録かを決め、差を確認する運用を作ってください。
- 上限時間に合わせて申告している。 協定の上限に届いた月から申告が止まる、という形が続いていないかを見ます。ガイドラインが明確に禁じている状態です。
- 管理監督者として扱っている人の時間をまったく把握していない。 健康確保の観点からの責務が残ります。労働安全衛生法にもとづく労働時間の状況の把握とあわせて設計してください。
- 常駐現場や出張現場で記録の方法が変わる。 現場が変わっても同じ手順で記録できるかを、着工前に確認しておきます。
社内で進める手順
- 対象者を洗い出す。管理監督者やみなし労働時間制の対象者を区分し、それぞれの把握方法を決めます。
- 現在の把握方法を現場ごとに書き出す。現認、打刻、日報、自己申告のどれで運用されているかを確認します。
- 原則的な方法に寄せられる部分を先に切り替える。客観的な記録が取れる現場から進めます。
- 自己申告制が残る部分について、五つの措置がそろっているかを点検する。説明の記録も残します。
- 乖離の確認を月次の給与計算の工程に組み込む。担当と期限を決めます。
- 賃金台帳の記入項目を点検し、区分ごとに記入されているかを確認する。
- 記録の保存場所と保存期間を決め、総務の手順書に反映する。
- 年に1回、労使で現状を確認し、改善策を検討する。
労働時間の把握は、記録を集めることではなく、記録が実態と合っているかを確かめ続ける作業です。仕組みを作った後に、差が出たときの手当てを誰がいつやるのかまで決めておいてください。ガイドラインの本文には、ここで触れた各措置の趣旨が示されています。運用を設計する前に、原文にあたって確認することをおすすめします。
出典
厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
情報の基準日は2026年9月8日です。
出典
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
本記事は建設タレントサーチ 人事ノートが作成しています。法令・制度は改定されることがあるため、 実務にあたっては官公庁の最新の公表資料をご確認ください。 個別の判断が必要な事案は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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